kofu6車は県の北部、北杜市に入る。

取材で飛び回っている他の記者はどうか知らないが、
阿川は来たことがない土地だった。
カーナビだけが頼りである。

進行方向の正面に見える八ヶ岳が、かなり大きくなってきた。

周囲は果樹園ではなく田園ばかりが見え、
その青々とした稲を風になびかせている。
このあたりは県内でも最大の米の産地なのだ。

途中で左に折れ、
南アルプス山脈の広大な裾野を少しだけ上がった所で、
目的地に着いたとカーナビが告げた。

標高が高いせいで車を降りると少し涼しい。
それでも暑かった。

山林と田畑の間にポツポツと家のある景色の中で、
阿川はそのうちの一軒を訪ねた。

阿川が呼び鈴を押して「中央新聞です」と名乗ると、
「はーい」という女の声とともに
バタバタという足音が聞こえた。

ドアが開いた。

「ごめんなさーい田嶋さ……あれっ!?」

30代なかばに見える、
メガネをかけてやせた女が言った。

「あれ、あの……中央新聞の方ですよね?」

女は顔を赤くし、
目をあちこちにやってうろたえながら言った。

阿川の方も驚いた。

読者コラムニスト・坂井美智は
PCもFAXも使えないということだから、
てっきり年寄りだと思っていた。

「ああ、すいません。
 田嶋の具合が悪くなりまして……
 今回は私がうかがいました」

それは知らせとけよ。
でないと驚くのも無理はないわ……
と、阿川は支局長に対してまたイラッとしながら言った。

「そうですかごめんなさい。
 実は今週、山岡先生が急にお休みになりまして
 私が授業をするこんになったですが
 慣れない内容ですごく準備に時間が」

急に延々としゃべり出した女を前にして
阿川は面食らったが、要するに
「本業が忙しくてまだ原稿ができていない」ということらしい。

放っておくといつまでも止まりそうにないので、
阿川はそれをさえぎって言った。

「はい、はい。それでどうされますか。
 まだ〆切までは何時間かありますが」

女は急に口を閉じてうつむいた後、
「やります!やらせて下さい!必ず書きます」と言った。

坂井美智が薦めるので、
阿川は坂井宅内で待つことにした。

入ってみると他の家人がおらず、
どうやら一人暮らしのようだ。

女性の一人暮らしのうちに入るのは、
少しまずかったかと阿川は思った。

しかし外は猛暑だし、
単に原稿をとりにきただけだし、
この場合は遠慮する方が不自然だろう。

坂井美智は阿川にアイスコーヒーを出すと、
急いで奥の部屋に引っ込んだ。

10分ほどたったので
何をしているのだろうと思ったころ出てきたら、
やや顔色がよくなり、眉がはっきりしたようだ。

どうやら薄化粧をしていたらしい。

そんな事をしているぐらいなら
さっさと原稿を書け、と阿川は内心あきれた。

坂井美智は居間の、阿川がいない側の机につくと、
アーとかワーとか言いながら原稿を書き始めた。

騒がしい人だった。

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