10陽だまりと猫

なんて、甘っちょろい時代もあったわ、私たち。

三代目になったディルドを洗いながら、日菜子は無表情に考える。折れてしまった初代のディルドのことを考えていたら、いつの間にか若かりし日の恋のあれこれまで思い出してしまった恥ずかしい。ちなみに、若かりし日と言っても二年ほど前のことであるのだが。
美耶と別れたのは、そのすぐ後だった気がする。

「たぶん、一週間とか、そこらだったわ」

狭いアパートの中で、愛にもがいた女たちの姿は、さぞ無様で滑稽だったろう。
それももう吹っ切れたけれど。

少し前、日菜子は住み慣れたアパートから引っ越した。前の家からは路線も違う場所にある小奇麗な3LDKの賃貸マンションで、恋人と念願の同棲を始めたのである。
洗ったばかりのディルドを綺麗に拭いて、袋に入れて寝室のクローゼットに仕舞う。真昼間からのセックスは疲れるけれど、休日だけの特別な行事でもある。ゆっくりと事後の空気に浸れるそれが、日菜子は好きだった。

タオルで手を拭いて、リビングへ向かう。キャミソールと下着姿の恋人は、白いラグの上で寝転がって雑誌を読んでいた。

「ひな、おかえり。ありがとう」
「うん、ただいま。ねえ、おなかすいてない?」
「すいたかも。なんかあったっけ」
「ホットケーキ焼いたら食べる?」
「食べる!」

ぴょん、と可愛い仕草で飛び上がるものだから、拍子に肩口で切り揃えられた髪が揺れた。ふわふわのそれに触りたい衝動を押し殺し、日菜子は銀色のボウルを取り出す。
ミックス粉を入れて、卵を入れて、牛乳を入れて、ちょっとだけ豆乳を入れて、練らないように手早く混ぜた。火加減を注意したフライパンを少し濡れ布巾に当てて、生地を流す。ふつふつと気泡が生まれてきたら、ひっくり返して焼くだけだ。

昔から、ホットケーキを焼くことだけは得意で、きつね色のそれはひっくり返した瞬間から見事に膨らんだ。まるで、恋心みたいに簡単に。
瞬く間に部屋に充満した甘くて香ばしい匂いに、恋人が鼻をひくつかせる。

「いーにおい。ねえ、マーガリン塗りたい」
「いいよ。シロップも出しといてね」
「らじゃー」

大きな皿に焼けたホットケーキを重ねて、フォークを添えてテーブルに置く。

「あ、アイスとチョコソースも出そうよ」
「あはは。パンケーキ屋さんだ」
「いいじゃない」
「いいけどね。食べ過ぎたらお肉ついちゃうよ」
「だ、大丈夫よ」
「ほんとーかなあ」

笑いながら恋人はホットケーキを皿に分け始めた。リビングの大きな窓からは明るい陽光が射し込んでいて、世界は光に満ちている。その中心に、彼女はいた。
ふわふわの栗毛とぴんくの頬、異人じみた容姿を薄布で包んで、光のなか、彼女は猫のようにおっとりと微睡む。

「ねえ」
「なあに、ひな」
「あいしてる」

出逢って、セックスして、愛し合って、喧嘩して、別れて、でも、やっぱり好きで。
何度愛を囁き合っても足りなくて、信じきれなくて、不安で、八つ当たりして、寂しくて、会いたくて、胸が痛かった。一緒にいても痛くて、離れていたら一層痛くて、それがいっそ爽快でもあったけれど。
この二年で邂逅と別離を繰り返して、恋の苦しみを知った二人は、それでも一緒にいる道を選んだのだ。

「あたしもだよ、ひなちゃん」

そう言って、美耶は陽だまりの中でおっとりと微笑んだ。
それはまるで、いつかの雨の夜のように。

 

 

8花びらと蜜

初めて手にしたディルドは、片側が太く出来ていた。攻め役が膣に入れて腰を振っても、抜けにくくするためだ。

三角形に近い形で膨らんだ先端から、返しの役目を果たす雁首状の部位、急激に細くなる軸、全体的に浮き出た筋は見ようによってはグロテスクなのに、なんだか可愛く見えるから不思議である。
手のひらに握り込む。淡いピンクの素材は適度な弾力があって、硬すぎず、柔らかすぎない。

(これを、入れる。私、美耶とセックスする)

期待に膨らんだ胸が疼く。ディルドに触れた指先から湧き上がった痺れが、肘の関節を通り、腰の辺りを直撃した。なんともいえない快感に肌が粟立ち、日菜子の瞳はとろりととろける。
はやく、したい。

「ひなちゃん、興奮してる?」
「なんで」
「かわいい顔してるもの」

笑いながら言って、美耶は座り込んだまま、片膝を立てた。

「あたしも、興奮してる。見える? びしょびしょなの
「――――うん」

淡い茂みの奥で、美耶の花びらが蜜にまみれてぬらりと光る。日菜子の視線を感じ取り、媚肉が甘く収縮した。
どうにも我慢できなくなって、そっと手を伸ばす。指先が触れた場所は燃えるように熱くて、指を差し込まれた穴はしとどに濡れて、卑猥な動きで蠕動した。

「美耶、なかが動いてる。私の指からなにを搾り取ろうとしてるの?」
「ぁっや、ひなちゃっ」
「きゅうきゅうしてるよ」
「ん、んっ」

ゆっくりと指を抜き差しすると、美耶はすぐに気持ちよくなってしまったようだった。その痴態を見せ付けられて、日菜子だってなおも昂る。

「ね、これ入れたい。美耶が入れて?」

指を抜き去り、少し残念そうな声を上げた美耶に、ディルドを握らせる。彼女の真似をするように両膝を立てて、密やかな場所を自分の手で寛げた。

「太いほう、ここに、いれて」
「ん、でもひなちゃん、これ本当に大きいよ?」
「大丈夫。美耶見てたら、ぐしょぐしょになっちゃったから」

その言葉を聞いていたかのように、日菜子の秘部から雫が垂れた。
美耶の白い喉がこくりと動く。

「いいの?」
「いいよ。でも、ゆっくり、ねっ」
「ん」

冷たいシリコンの感触に息が乱れる。
潤んだ粘膜に押し当てられたものが、少しずつ、肉を掻き分けて奥へと侵入してくる。ひくひくと痙攣する場所が拾っているのは紛れもない快感で、日菜子は背筋を震わせた。久しぶりの、感覚。

なだらかな三角の頂点から、入ってくる部分は徐々に太くなる。深い呼吸を繰り返し、上体を後ろに倒してシーツに縋った。男と寝たのはもう随分と前のことで、日菜子のそこは受け入れる太さを忘れていた。だから少し痛い。でも、気持ちいい。
美耶が入れてくれているから。

いよいよ張り詰めた雁首を呑み込まされそうになって、腰が揺れた。圧倒的な圧迫感と痛み、美耶が心配気な声を上げたが、笑って誤魔化す。

「だいじょうぶ」
「無理しないで。痛いなら、止めよう?」
「んーん。へっき」
「ひなちゃん」
「それに、もう、入りそうなの。……みや、力、入れて」
「んもう……知らないから」

「ゃ、うあぁ……ぁ、あ、あ、あ、アァッ!!」

一番張ったえらを呑み込むと、後は滑らかだった。ずるんっと侵入してきたディルドが膣の奥深い場所を叩く。腰ががくがく痙攣して、粘膜が侵入物をぎゅうぎゅうに締め付ける。一瞬で痛みとすり替わったのは、圧倒的な快感だった。
虚をみっちりと塞がれている。充足感に、日菜子は息を吐く。

「ひなちゃん、すごい」

美耶の声に視線を向けると、クリトリスになにか触れた。薄ピンクのそれを撫で回し、響く快感にうっとりと息を吐く。

日菜子の下半身からは、小さなペニスが生えていた。

 

 

3恋人と親友

美耶は見かけは美少女だが、年齢は日菜子より二つ年上の二十六だ。彼女の職業はなんと作家様で、新刊が出れば書店で平積みにされ、その後殆どの本が何版かはされるという。それが作家としてどの程度のことなのか日菜子には皆目見当もつかないが、食うに困らないらしいのは彼女を見ていれば分かった。その作家様がどうして一介のOLでしかない日菜子の家に転がり込んでいるのか。それは詰まるところ美耶のおっちょこちょいさに端を発する。

自宅の鍵と財布と携帯電話を鞄ごと紛失し、放心していた美耶を見つけたのは雨の日の晩だった。初対面の少女を(そのときは未成年だと思ったのだ)なんとなく放って置けなくて、日菜子は彼女を自宅へ招いてしまった。雨に塗れた捨て犬のようだとも思ったのを覚えている。それとも、美耶の美貌には人の警戒心を解くなにかがあるのだろうか。

その日の晩、美耶は貸してやったソファーから日菜子のベッドへ寝床を変えて、遠慮のないスキンシップに苛立った日菜子は美耶を散々質問攻めにした挙句、その柔らかい肌に指をうずめた。

以降、日菜子と美耶の関係は恋人同士のような親友のような曖昧なものとして続いている。曖昧な関係はけれど、曖昧であるがゆえに互いに甘えを許している数少ない相手でもあった。

 

――――少し、わがままになってみてもいいだろうか、と最近そんなことを思う。

 

日菜子と美耶はセックスをする間柄である。けれどそれに使うのは己の肉体だけで、つまりそこにペニスも、それを模したものも登場しはしない。それが日菜子には少しだけ不満だった。

だって、疼くのだ。中をみっちりと埋めてほしくてたまらない。他でもない、美耶の手で。
美耶は女性が好きなのだろうか。きゅうきゅう狭いあそこになにか挿入れたら怒るかしらん。

暗い部屋のなかに、携帯電話の画面がぽっかり浮かんでいる。

少しだけ考えて、日菜子はアダルトショップのホームページの中から、双頭ディルドのページを開いた。咄嗟に浮かんだものはこれだけれど、これってどうなのだろう。自分に挿入して、それで相手にも挿入出来る。日菜子の欲求にぴったりな気がするのだけれど。

「でも、高いなあ……」

よさそうなサイズのディルドは海外製らしく、一万弱だ。ちょっといまはきびしい。かといってこんなもの美耶にねだるわけにもいかない。

とりあえず次の給料日がきてからまた考えよう。

ページをブックマークして、日菜子はベッドから体を起こす。リビングのほうから日菜子を呼ぶ声が聞こえた。温めなおしたコロッケが冷めないうちに行ったほうがいいだろう。

シャツを着ながら部屋を出る寸前、ドア横に置かれた小さめの段ボール箱に気付いた。宛名は美耶で、住所も本来の美耶の家になっている。品名はPC用品なので、自宅に届いたものをわざわざ持ってきたのだろうか。送り主になっている会社の名前をなんとなく見たことがある気がしたけれど、どこで見たかは思い出せない。

まあいいかと首を竦めて、日菜子は一人きりの部屋を出た。

愛しい人のいる、暖かい場所へ向かうために。