1.金木犀の夜とコロッケ

金木犀のにおいが街を包む宵、ふらふらと覚束無い足取りで日菜子は帰路を急いでいた。履き慣れない新品のパンプスのせいで踵はもうずたぼろで、お酒が回って頬が熱い。挙句満員電車でぎゅうぎゅうに押し潰されて、全身が疲れきっている。
夕方から降り始めた雨は日が暮れても止む気配はなく、歩いている道は住宅街なのに人っ子一人いやしない。もちろん、周囲の民家の窓にはオレンジの光が灯り、そこにある幸福な家庭を知らしめていた。一人暮らしゆえに、帰っても誰も待っていない日菜子には縁遠いことである。それはいつもと同じことなのに、今日はことのほか堪えた。
ふ、と顔を上げた。紺色の傘の向こう、閉められた商店の軒下に白い塊が落ちている。正確に言えば、しゃがみこんでいた。
ふわふわの栗毛とぴんくの頬、異人じみた容姿を生成りのワンピースで包んで、雨のなか、彼女は猫のようにおっとりと微笑む。

それが、日菜子と美耶の出逢いだった。
「ただいま」
「おかえり、ひなちゃん」

玄関から声を掛けると、ポニーテールに結わえた栗毛を揺らしながら美耶が飛び出してきた。日菜子は可愛い愛犬を褒めるようにその頭を撫で、履き慣れてきたパンプスを脱ぐ。

「ひなちゃんお疲れ様」
「ありがと。それにしても、満員電車は何度乗っても嫌なものだわ」
「ひなちゃん美人だから痴漢とかにも気をつけてよね」
「たまにいるけど、撃退すんのは得意よ」

軽く言うと、美耶はむっつりと頬を膨らませた。

「その痴漢、ころしたい」
「まあいいじゃない」

物騒な言葉に笑い、日菜子は柔らかい髪の匂いを嗅いだ。

「それで美耶、今日はなにしてた?」

こうやって尋ねるのは日課になっている。日菜子は別に美耶をこの家に閉じ込めているわけではないけれど、閉じ込めたいという思いがないわけではないので。

「急ぎの仕事ないから掃除とか散歩とか。ひなちゃんは?」

そしてそれは美耶も同じらしい。

「いつもと同じ。部長に嫌味言われて後輩君に慰められてた」
「後輩って、前に言ってたアイドル系の男の子?」
「そうそれ。いまでは部署の弟的キャラに納まってるわよ」
「ふうん。それで、美耶ちゃんはその後輩君に慰められて、ときめいちゃったりしたわけ?」
「ばか。ついこの間、事務の子と婚約したばっかりだって」
「そうなんだ」

ふいに美耶が思案顔になる。日菜子の話から、なにか仕事のネタでも考え始めたのだろう。
リビングへ向かいながら夕食の献立を尋ねると、彼女は自慢げに答えた。

「コロッケ作った!」
「味は?」
「塩と胡椒だけ。お醤油かソース掛けると思って」
「私醤油派だわ。ありがと」
「どういたしましてー!」

可愛く笑う美耶につられて笑いながら、二人は忘れていた、挨拶代わりのキスを交わした。

 

2ボーンチャイナとダークグリーン

リビングのパソコンデスクの横に会社用の鞄を置き、今度は洗面所へ向かいながら服を脱ぐ。あっという間に下着姿になった日菜子の後ろに着いて来て、美耶はむずむずと口元を歪ませていた。

「……なににやにやしてんの」

その表情を洗面所の鏡越しに見ていた日菜子が眉根を寄せると、彼女はきひひと小さく笑って、背後から日菜子に抱きついた。

「ひなちゃんスタイルいー!」

「こら」

「ぐへへ、ええ乳してますの~そのブラも凄く似合ってるしー!」

確かに、深緑と黒のストライプのブラジャーは驚くほど日菜子に似合っていた。

白い、陶磁器のような肉体は暗い色を得て格段に引き締まる。少しきつめの美人顔に、すらりと伸びた細い手足、裏腹に豊満なバスト。美耶が日菜子のどこを一番好きかと言えば、それは間違いなく胸なのだろう。

その証拠に、美耶は日菜子の胸を包む布に手を当て、ストライプのラインを指先でゆっくりとなぞり始める。彼女の白い指がちょうど色づく尖りの上を引っ掻くように愛撫する。日菜子はわずかに体を揺らめかせて、手早く手を洗った。
シート状のメイク落としで化粧を拭い、いくらか柔らかくなった日菜子の顔に、美耶は頬を緩める。この愛らしい隣人は、どうやら日菜子のことが大好きなようで。

「締まりのない顔でおじさんみたいなこと言うの止めなさい。あんた見た目は美少女なんだから」

「見た目は、じゃないでしょ! 中身も美少女だもん!」

そう言って美耶は頬を膨らませた。そのなんと愛らしいこと。

日菜子ほど痩せているわけではない美耶の頬のラインは、ふっくらとしていて血色がいい。瑞々しい桃のようで、思わず口に入れたくなる。ふわふわの猫毛は染めてもいないのに根元から綺麗な栗色で、薄い肌は血色を透かしてぴんく色をしている。

くるりと振り返り、日菜子は洗面台にもたれながら軽く足を組んだ。太ももの付け根に陶器製の洗面台のひやりとした感触を覚えた。

艶然として立つ姿に、美耶が熱っぽい吐息を吐いた。

「ひなちゃん、きれい」

そう言って彼女は日菜子のおなかに顔を埋める。あの雨の日の宵に出逢ったときから、美耶はスキンシップが過剰気味だった。けれどそれを欲望に直結させたのは日菜子のほうだ。

「美耶」

「なあに?」

見上げる彼女の瞳は熱っぽく潤み始めていて、日菜子の理性をぐらつかせる。
どうしよう。たぶん、いま誘っても美耶は拒まない。でも、おなかがすいていることも事実である。

しばしの逡巡の後、小さく息を吸い込んで日菜子は笑った。

「ご飯の前に、お風呂入ってくる」

 

 

3恋人と親友

美耶は見かけは美少女だが、年齢は日菜子より二つ年上の二十六だ。彼女の職業はなんと作家様で、新刊が出れば書店で平積みにされ、その後殆どの本が何版かはされるという。それが作家としてどの程度のことなのか日菜子には皆目見当もつかないが、食うに困らないらしいのは彼女を見ていれば分かった。その作家様がどうして一介のOLでしかない日菜子の家に転がり込んでいるのか。それは詰まるところ美耶のおっちょこちょいさに端を発する。

自宅の鍵と財布と携帯電話を鞄ごと紛失し、放心していた美耶を見つけたのは雨の日の晩だった。初対面の少女を(そのときは未成年だと思ったのだ)なんとなく放って置けなくて、日菜子は彼女を自宅へ招いてしまった。雨に塗れた捨て犬のようだとも思ったのを覚えている。それとも、美耶の美貌には人の警戒心を解くなにかがあるのだろうか。

その日の晩、美耶は貸してやったソファーから日菜子のベッドへ寝床を変えて、遠慮のないスキンシップに苛立った日菜子は美耶を散々質問攻めにした挙句、その柔らかい肌に指をうずめた。

以降、日菜子と美耶の関係は恋人同士のような親友のような曖昧なものとして続いている。曖昧な関係はけれど、曖昧であるがゆえに互いに甘えを許している数少ない相手でもあった。

 

――――少し、わがままになってみてもいいだろうか、と最近そんなことを思う。

 

日菜子と美耶はセックスをする間柄である。けれどそれに使うのは己の肉体だけで、つまりそこにペニスも、それを模したものも登場しはしない。それが日菜子には少しだけ不満だった。

だって、疼くのだ。中をみっちりと埋めてほしくてたまらない。他でもない、美耶の手で。
美耶は女性が好きなのだろうか。きゅうきゅう狭いあそこになにか挿入れたら怒るかしらん。

暗い部屋のなかに、携帯電話の画面がぽっかり浮かんでいる。

少しだけ考えて、日菜子はアダルトショップのホームページの中から、双頭ディルドのページを開いた。咄嗟に浮かんだものはこれだけれど、これってどうなのだろう。自分に挿入して、それで相手にも挿入出来る。日菜子の欲求にぴったりな気がするのだけれど。

「でも、高いなあ……」

よさそうなサイズのディルドは海外製らしく、一万弱だ。ちょっといまはきびしい。かといってこんなもの美耶にねだるわけにもいかない。

とりあえず次の給料日がきてからまた考えよう。

ページをブックマークして、日菜子はベッドから体を起こす。リビングのほうから日菜子を呼ぶ声が聞こえた。温めなおしたコロッケが冷めないうちに行ったほうがいいだろう。

シャツを着ながら部屋を出る寸前、ドア横に置かれた小さめの段ボール箱に気付いた。宛名は美耶で、住所も本来の美耶の家になっている。品名はPC用品なので、自宅に届いたものをわざわざ持ってきたのだろうか。送り主になっている会社の名前をなんとなく見たことがある気がしたけれど、どこで見たかは思い出せない。

まあいいかと首を竦めて、日菜子は一人きりの部屋を出た。

愛しい人のいる、暖かい場所へ向かうために。

4愛情と恋情

 甘い声、熱い肌、濡れたまなざし。いままで女性に欲情したことなんて一度もなかったのに、その肌から立ち上る甘い香りに理性が飛んだ。挿入れる、果てるという終点がないままの行為に、どうすればいいか解らなくなってしまった日菜子を救ったのは、優しい美耶の指だった。

 そしてその日から、美耶は日菜子の生活の一部となる。

(美耶にしてみれば、単に人恋しいってだけかもしれないけど)

 

「いぁ、や、んんっ」

(たぶんそれは私も一緒だ)

指先で乳首を弾くと、美耶の白い体がぴくりと跳ねた。優しく円を描くように弄び、強く押し込んでは跳ね返す弾力に笑む。胸ばかり弄っていると、柔らかな脚が日菜子に絡み付き、脚の間を強く押し付けるようにもぞもぞと動いた。水色のショーツはもうぐっしょりと濡れていて、汗のような、ねっとりとした饐えたにおいが鼻を衝く。

 乳首を抓みながら、日菜子は笑った。

 

「触って欲しい?」

「あ、ぁ」

「ねえ、美耶。どこ、どうして欲しいの」

 

 囁いて、耳殻をねろりと舐め上げ齧る。美耶は全身を揺らめかせ、日菜子の脚を、自分のそれでぎゅうと挟みつけて言外におねだりした。

 

「も、ばかっ」

 

 早く触って、と美耶は言った。どこを? 愉しむ口調に小さく毒づき、美耶の手が日菜子の鎖骨をなぞる。

 

「あ、美耶、アァッ!」

 

 止める隙もなく乳首を抓まれて、日菜子は全身を硬直させた。淡い桃色の尖りを指先で捏ね繰り回し、美耶は子猫のようにそれにむしゃぶりつく。歯を立てられたり舌先で転がされると、どうしようもなく腰が揺れた。

 びくびくと跳ねる痩躯を押さえつけ、彼女は快感でもって日菜子の思考を蹂躙する。

 

「ぁ……んっ……みや、美耶……もっと上に来て。届かないよ」

「ん、」

 

 促すと、彼女はやっと日菜子の胸から顔を上げて体を動かした。ちょうど自分の隣に落ち着いた、人形みたいに整った顔。少女の花びらのように淫らに開いた唇に、吸い寄せられるようにキスをした。

 

「んむ、ふ……ん」

「ひなちゃ、あ、んぅ」

 

 甘い口腔に興奮して、その唾液をすする。日菜子はけして同性愛者ではなかった。女性と、なんて、考えたこともなかった。もちろんそういう人たちがいることは知っていたけれど、日菜子にとって彼女たちはテレビ画面の向こう側の、どこか二次元に属する人々だったのだ。

 それなのに。美耶と知り合って、同性の体に触れ始めて、まだひと月少しなのに、当たり前のように体を重ねてしまう。

 たったひとり、美耶だけ。

 美耶だけが特別。

 

(かわいい美耶)

 

 日菜子も美耶も、たぶん執着に理由はない。

 人恋しいから抱き合うのだ。けれどそこに思慕にも近い、あるいは敵う、独占欲が隠れている。

 

5シーツと絡み合う脚

「美耶」

腕を伸ばして美耶の太ももをくすぐる。薄い生地越しに彼女の弱い場所を引っ掻いて、ひくんひくんと揺れる腰に我慢が出来なくなって体を起こした。
弱いゴムの隙間からそろりと指を差し込み、ぐしょぐしょになった場所に強く押し当てると、細い指は一瞬の抵抗を受けたあと、ぬるんっとその奥へ飲み込まれていった。

「んあぁっ」

美耶の体が少しだけ仰け反る。ゆっくりと出し入れをするとそれに合わせてあえかな声が漏れた。もし自分にペニスがついていたら、それは大きく張り詰めて天を仰いでいたことだろう。だけど、なにもないそこは悲しげに、もしかして嬉しげに、涙を流して潤むだけ。

指を二本に増やして、美耶の気持ちいい場所を探る。厚い粘膜に突き入れて指を曲げ、そのまま膣の上方を抉り取るように動かすと、美耶は泣き出しそうな声で喘いだ。同時に親指を使い、硬くなったつぼみを押し潰して捏ね繰り回すと、今度こそ本当に彼女は泣く。

ひなちゃん、と甘えた声が聞こえた。美耶の恥部は失禁したように濡れそぼり、手を動かすたびにぐちゃぐちゃといやらしい音がした。濡れた音が日菜子の耳孔すらも犯し始め、次第に自分が美耶を陵辱しているのか、それとも美耶に陵辱されているのかさえも曖昧になり始める。
指を抜き去ると、美耶はゆっくりと体を起こした。もどかしげにショーツを脱ぎ去り、全裸になって日菜子に絡みつく。日菜子ももたもたと全てを脱ぎ去り、片膝を立てた。

「ん、ひなちゃんも、すごい……ぐしょぐしょ」
「あんたほどじゃないわよ」

上がった息の合間に憎まれ口を叩いて、脚を絡ませゆっくりと恥部を擦り合わせる。
ぬるりとした感触に呼吸を震わせ、お互いの体を抱きしめ合って腰を揺らめかせた。

「んあ、あ」
「ぁ、きもちい、ひなちゃ」
「みや、み、やっ」

くちゃ、くちゃ、と濡れた音がする。淫猥な音色、ひだとひだとで口付けて、硬いつぼみ同士を扱き合って絶頂を目指す。スプリングが悲鳴を上げて、時折背筋が痙攣する。

女性が好きだと思ったことはない。けれど美耶とのセックスはいままで体験したどんな男とのセックスよりも心地よかった。
柔らかい肌、ふかふかの胸、甘い吐息を絡めて合わせ、最果てへひた走る。

「ぁ、い、くっ」
「ンンッ!」

がくがくと脚が揺れて、美耶の秘部がきゅうっと収縮する。釣られて日菜子も腰を揺らし、拍子につぼみを強く押し潰されて快楽が弾けた。

絶頂に弱い日菜子が腰を痙攣させていると、美耶はその細い体を押し倒して脚を広げさせた。もはやなんの抵抗も出来なくなり、ぼんやりと息を整えていると、唐突に全身に電流が奔った。

「ゃあ、あ……ん、」
「ひなちゃんのここ、ひくひくしてる」

日菜子の脚の間に顔を埋め、痙攣する粘膜を舐めしゃぶりながら美耶が言う。

「ここがね、舐めると凄い濡れてくる。ひなちゃんかわいいね、クリトリスすきなの?」
「やあ、ぅ……だ、め……いま、いったから、アッ」

肉厚の舌で全形を舐め上げられ、かと思えば硬くした舌先でつぼみを乱暴に転がされる。達したばかりで敏感になった場所に与えられる刺激は堪えようがなくて、小さな絶頂の快感に幾度となく全身を貫かれて日菜子は喘いだ。

美耶にペニスがあればいいのに。あるいは、私に。
挿入れてほしい。どうしようもない欲求に泣きじゃくり、日菜子はまた絶頂した。

 

6おもちゃと必然性

「ぁ、はっ……」

白い手のひらが日菜子の額を優しげに撫でる。張り付いた前髪を払って、伏せたまぶたに口付けられた。抱きついてきた柔らかい体を抱きしめ返し、首筋にキスをする。
美耶は低く唸って逡巡した後、日菜子の耳元で密やかに囁いた。

「ねえ、ひなちゃん。おもちゃ、使っていい?」

「ん……なに……?」

「だーかーらー、おもちゃ使ってもいいかってば」

「おもちゃ?」

回らない頭で考える。おもちゃってなに?
ベッドから飛び降りた美耶が、ドアの横から小さな段ボール箱を運んできた。それに、見覚えがある。既に一度開封されていた箱をなんなく広げ、彼女の手が掴み出した物を、日菜子は驚きの眼差しで見ていた。

どこかで見たような、色、形、大きさ……は、思っていたより大きい。

「そ、れ……」

「前から、ひなちゃんと使いたいと思ってて…………引いた?」

淡いピンクの双頭ディルドを握り締め、必死に美耶が聞いてくる。

この子は、と日菜子は思う。
この子は、考えていたよりもずっと、日菜子のことを好きなのかもしれない。

そう思ったらなんだか美耶が堪らなく可愛く思えてきて――もちろんいままでもとても可愛かったのだけれど――日菜子は美耶の腕に頭を擦り付けた。

「引いてないよ」

「ほんと?」

「ほんとだって」

微笑みながら日菜子は美耶の腕を取る。そのまま強く引いて、胸に飛び込んできた柔らかい体を抱きしめた。

「それ、どうしたの?」

目元にキスを落としながら、なんでもないような風に聞く。けれど美耶はむずがるように唸って日菜子の首筋に顔を埋めた。

耳が真っ赤だよ。
胸の内に広がる喜色を自覚しつつ、そっと頭を撫でた。

「ねえ、美耶。それ自分で買ったの?」

「…………」

「ねえってば」

「…………」

「みーやっ」

「…………」

「言わないと、この話はおしまいだよ」

「っ! …………そうだよ」

消え入りそうな声で白状した美耶は、顔を上げないままで唸り続ける。照れ隠しなのだろうが、なんとも愛らしい。

美耶のことが、好き。

心の底からそう思った。
なによりも、美耶が自分と同じ欲求を抱いていてくれたという事実が嬉しかった。自分と同じ悩みを抱いていてくれたという事実もまた然り。

ここまで来ると、日菜子が欲しがっていたものを、日菜子が買おうと思っていたサイトから購入していたという偶然までも嬉しくなってくる。見たことがあると思ってはいたが、やっと合点がいった。箱の差出人は、いつか眺めていたサイトに記載されていた会社名と同じだったのだ。

「ねえ、本当に引いてない?」

「引いてないってば」

引き倒した拍子にシーツに投げ出されたディルドに手を伸ばす。ピンクのディルドはだいぶ細身のタイプで、よく見る両側がペニスを模したものではない。太いほうを片方に入れて、きちんを攻めるために使えるような作りになっている。初心者向けと謳われている商品とのことで、まあ初めてだし、太さもこれくらいから始めるほうがいいのだろう。

日菜子は体を起こし、美耶の白い肌にそっと唇を寄せた。

 

7はじめてのひと、とキス

二人して、向かい合って肌を合わせて抱きしめ合って、触れるだけのキスをした。

「美耶、男の人としたことある?」
「ないよ」

ちゅ、と音を立ててキスをしながら、美耶は続けた。

「ひなちゃんだけ。ひなちゃんがはじめてのひと」

キスの合間に囁いた。半ば察していたことではあるものの、美耶が処女だったという事実に、日菜子は上気した頬に喜色を浮かべる。
べつに初物趣味ではない。けれど、この肌に触れたのが、この貌を見たのが、この匂いを味を感触を声を全てを、美耶の全てを知ったのが日菜子だけだという、その事実が、こんなにも日菜子の心を揺さぶる。

おもちゃは使ってたけど、と恥ずかしげに美耶は囁いた。
いいわよ。それくらい許してあげる。

「ひなちゃんは?」

日菜子の胸をやんわりと揉みながら美耶が尋ねた。

「一応」
「……あるの?」
「うん」
「へええ」
「んぅっ」

凝った乳首を押し潰されて、ひくりと背筋が震える。全裸で、ベッドにぺたりとお尻を着けた座り方では、すぐにシーツに染みが出来てしまうだろう。意識して腰を動かすと、さらりとした布目が日菜子の花びらを刺激した。

「ひなちゃんいやらしい」

気付いた美耶にからかう口調で言われ、頬が朱に染まる。
熱い唇が日菜子の鎖骨の辺りに吸い付き、鮮やかな真紅の花弁を散らす。白い肌に咲いた執着と征服の証に、下腹が疼いた。
キスマークをひとつひとつ指先でなぞりながら、美耶がぽつりと呟く。

「――――あたしが、日菜子のはじめてのひとに、なりたかった」

 

存外真面目な声で言われ、思わずその顔を見詰める。真摯な眼差しに、熱情が篭っている。それはたぶん、この日菜子の瞳にも。
二人の関係はずっとずっと、出逢った瞬間から曖昧で、それは親友のようでもあったし、飼い主とペットのようでもあったし、姉妹のようでもあったし、あるいはやはり、恋人のようでもあった。

独占欲と愛着と思慕と恋情は、根底に流れるものに差異はないから、はっきりとした関係になれないのはしかたがないと思っていた。体の関係から始まった。だからもう、とりかえしがつかないのだと。どんなに美耶のことが好きでも、恋しく思っても、きっといつまでも二人は曖昧な関係から抜け出せないのだと。
少なくとも日菜子はそう思っていた。
でも、美耶は。

「私……美耶が好き。美耶は?」
「あたしも、ひなちゃんのことが好きだよ」
「ほんとうに?」
「本当に」
「それは…………どういう意味で?」

すい、と近寄ってきた顔が、ぼやける。

「こういう、意味で」

スローモーションで唇が重なる。キスされた。もう何回もしてきた行為なのに、このときばかりは孕んでいる意味が違う。
否、きっとずっと同じだった。二人で同じ感情を抱えてくちづけて、なのに心は擦れ違っていた。こんなにも、求めているのに。
きっと、ひとめぼれだった。

「美耶、みや……」

縋りつくように、その唇に吸い付く。どんな果実よりも柔らかで甘い美耶の唇。重ねて日菜子は嘯く。

「美耶が、私のはじめてのひとだ」

8花びらと蜜

初めて手にしたディルドは、片側が太く出来ていた。攻め役が膣に入れて腰を振っても、抜けにくくするためだ。

三角形に近い形で膨らんだ先端から、返しの役目を果たす雁首状の部位、急激に細くなる軸、全体的に浮き出た筋は見ようによってはグロテスクなのに、なんだか可愛く見えるから不思議である。
手のひらに握り込む。淡いピンクの素材は適度な弾力があって、硬すぎず、柔らかすぎない。

(これを、入れる。私、美耶とセックスする)

期待に膨らんだ胸が疼く。ディルドに触れた指先から湧き上がった痺れが、肘の関節を通り、腰の辺りを直撃した。なんともいえない快感に肌が粟立ち、日菜子の瞳はとろりととろける。
はやく、したい。

「ひなちゃん、興奮してる?」
「なんで」
「かわいい顔してるもの」

笑いながら言って、美耶は座り込んだまま、片膝を立てた。

「あたしも、興奮してる。見える? びしょびしょなの
「――――うん」

淡い茂みの奥で、美耶の花びらが蜜にまみれてぬらりと光る。日菜子の視線を感じ取り、媚肉が甘く収縮した。
どうにも我慢できなくなって、そっと手を伸ばす。指先が触れた場所は燃えるように熱くて、指を差し込まれた穴はしとどに濡れて、卑猥な動きで蠕動した。

「美耶、なかが動いてる。私の指からなにを搾り取ろうとしてるの?」
「ぁっや、ひなちゃっ」
「きゅうきゅうしてるよ」
「ん、んっ」

ゆっくりと指を抜き差しすると、美耶はすぐに気持ちよくなってしまったようだった。その痴態を見せ付けられて、日菜子だってなおも昂る。

「ね、これ入れたい。美耶が入れて?」

指を抜き去り、少し残念そうな声を上げた美耶に、ディルドを握らせる。彼女の真似をするように両膝を立てて、密やかな場所を自分の手で寛げた。

「太いほう、ここに、いれて」
「ん、でもひなちゃん、これ本当に大きいよ?」
「大丈夫。美耶見てたら、ぐしょぐしょになっちゃったから」

その言葉を聞いていたかのように、日菜子の秘部から雫が垂れた。
美耶の白い喉がこくりと動く。

「いいの?」
「いいよ。でも、ゆっくり、ねっ」
「ん」

冷たいシリコンの感触に息が乱れる。
潤んだ粘膜に押し当てられたものが、少しずつ、肉を掻き分けて奥へと侵入してくる。ひくひくと痙攣する場所が拾っているのは紛れもない快感で、日菜子は背筋を震わせた。久しぶりの、感覚。

なだらかな三角の頂点から、入ってくる部分は徐々に太くなる。深い呼吸を繰り返し、上体を後ろに倒してシーツに縋った。男と寝たのはもう随分と前のことで、日菜子のそこは受け入れる太さを忘れていた。だから少し痛い。でも、気持ちいい。
美耶が入れてくれているから。

いよいよ張り詰めた雁首を呑み込まされそうになって、腰が揺れた。圧倒的な圧迫感と痛み、美耶が心配気な声を上げたが、笑って誤魔化す。

「だいじょうぶ」
「無理しないで。痛いなら、止めよう?」
「んーん。へっき」
「ひなちゃん」
「それに、もう、入りそうなの。……みや、力、入れて」
「んもう……知らないから」

「ゃ、うあぁ……ぁ、あ、あ、あ、アァッ!!」

一番張ったえらを呑み込むと、後は滑らかだった。ずるんっと侵入してきたディルドが膣の奥深い場所を叩く。腰ががくがく痙攣して、粘膜が侵入物をぎゅうぎゅうに締め付ける。一瞬で痛みとすり替わったのは、圧倒的な快感だった。
虚をみっちりと塞がれている。充足感に、日菜子は息を吐く。

「ひなちゃん、すごい」

美耶の声に視線を向けると、クリトリスになにか触れた。薄ピンクのそれを撫で回し、響く快感にうっとりと息を吐く。

日菜子の下半身からは、小さなペニスが生えていた。

 

 

9脳髄と愛の言葉

「本当に生えてるみたいだね」
「あっ」

膣から上方へと飛び出したディルドを弾かれ、振動に日菜子は息を詰める。そこを動かされると直接クリトリスに触れるので、酷く敏感になってしまう。
それはつまり、内側だけでなく齎される快感の確信であり、日菜子はその予兆に目頭が熱くなるのを感じた。

「ねえ、いれたい、みや」

 

欲望に掠れた声で懇願すると、美耶は両手を広げて日菜子を抱きしめた。
温かい皮膚、甘い血の匂い。美耶の感触。

ゆっくりとシーツに押し倒し、太ももを撫でる。彼女の奥まった場所は先ほどよりもずっと潤んでいて、指を這わせただけで蜜が糸を引いた。
ふっくらとした脚を抱えて、腰を引き寄せる。ディルドの根元を指で支え、美耶のそこに押し当てる。

「ぁ、ひなちゃ、」
「挿入れるよ」
「ん、」

腰をゆっくりと進めると、ディルドの先端が、充血した柔らかな花びらに呑み込まれていく。ひくつく粘膜は異物を嬉しげに咥え込み、奥へ奥へと誘った。

「はひ、あ、や、はいってくる。ひな、ひなこ」
「うん、すごい動いてるよ……痛くない?」
「だいじょ、ぶっ」

白い腕が日菜子の首根に巻きついて、ぎゅうと引き寄せる。それに身を委ねて抱きしめ返しながらぼんやりと考える。

ああ、そういえば、セックスの最中にこうやって抱き合うことは出来なかった。
愛しい人の熱を全身で感じながら、最期のあがきとばかりに腰を強く押し付ける。普段使う指などでは届かない最奥を押し上げられて、美耶はふるりと震えた。

「あっあっ、や、おく、すごい、おくまで……」
「はいっちゃったね。奥、気持ちいい?」
「ん、うん」

美耶のそこが息づくたび、ディルドが揺れて日菜子も感じる。内側で感じるなんとも形容しがたい快感に、脳髄がとろけていく。

「みや、みや」
「ぅああっ、ひな、ちゃ……っ!」

秘部を擦り合わせるように腰を揺すると、美耶は堪らず泣き出した。ゆっくりと抜き差しして、時折最奥を突き上げてやると、子どものように泣きじゃくるのだから可愛すぎて手に負えない。
もっとゆっくり、と懇願する体をあやして、日菜子は無我夢中で白い体を貪った。

「ひなちゃん、ひな、ひなこ」
「みや、すき、すきだよ」
「ぁ、あたしも、ひなちゃ、っすき」

愛の言葉を唇に乗せて、何度だって囁き合う。

「み、や、アッ……ん、んっ」
「ひなちゃ、だめ、いっちゃ、いっちゃう」

縋る白い腕に力が入る。美耶の太ももが日菜子の腰を引き寄せるように挟み、自身の快感を追うように強く腰を振る。主導権を奪い取られ、日菜子は惑乱する。

「ひゃっ! あ、みや、ゃあっ」
「やあぁ……いく、ぁ、ひな、いくっ」
「ッア、み、ゃ、アアァッ」

びくんびくんと美耶が大きく跳ね上がった。その動きに日菜子も絶頂へと導かれる。
汗ばんだ肌がしっとりと吸い付いて、隙間なくぴったりと重なり合う。

やっと得られた心の底からの充足感に、恋人たちは深く吐息し、微笑み、くちづけを交わした。

 

 

10陽だまりと猫

なんて、甘っちょろい時代もあったわ、私たち。

三代目になったディルドを洗いながら、日菜子は無表情に考える。折れてしまった初代のディルドのことを考えていたら、いつの間にか若かりし日の恋のあれこれまで思い出してしまった恥ずかしい。ちなみに、若かりし日と言っても二年ほど前のことであるのだが。
美耶と別れたのは、そのすぐ後だった気がする。

「たぶん、一週間とか、そこらだったわ」

狭いアパートの中で、愛にもがいた女たちの姿は、さぞ無様で滑稽だったろう。
それももう吹っ切れたけれど。

少し前、日菜子は住み慣れたアパートから引っ越した。前の家からは路線も違う場所にある小奇麗な3LDKの賃貸マンションで、恋人と念願の同棲を始めたのである。
洗ったばかりのディルドを綺麗に拭いて、袋に入れて寝室のクローゼットに仕舞う。真昼間からのセックスは疲れるけれど、休日だけの特別な行事でもある。ゆっくりと事後の空気に浸れるそれが、日菜子は好きだった。

タオルで手を拭いて、リビングへ向かう。キャミソールと下着姿の恋人は、白いラグの上で寝転がって雑誌を読んでいた。

「ひな、おかえり。ありがとう」
「うん、ただいま。ねえ、おなかすいてない?」
「すいたかも。なんかあったっけ」
「ホットケーキ焼いたら食べる?」
「食べる!」

ぴょん、と可愛い仕草で飛び上がるものだから、拍子に肩口で切り揃えられた髪が揺れた。ふわふわのそれに触りたい衝動を押し殺し、日菜子は銀色のボウルを取り出す。
ミックス粉を入れて、卵を入れて、牛乳を入れて、ちょっとだけ豆乳を入れて、練らないように手早く混ぜた。火加減を注意したフライパンを少し濡れ布巾に当てて、生地を流す。ふつふつと気泡が生まれてきたら、ひっくり返して焼くだけだ。

昔から、ホットケーキを焼くことだけは得意で、きつね色のそれはひっくり返した瞬間から見事に膨らんだ。まるで、恋心みたいに簡単に。
瞬く間に部屋に充満した甘くて香ばしい匂いに、恋人が鼻をひくつかせる。

「いーにおい。ねえ、マーガリン塗りたい」
「いいよ。シロップも出しといてね」
「らじゃー」

大きな皿に焼けたホットケーキを重ねて、フォークを添えてテーブルに置く。

「あ、アイスとチョコソースも出そうよ」
「あはは。パンケーキ屋さんだ」
「いいじゃない」
「いいけどね。食べ過ぎたらお肉ついちゃうよ」
「だ、大丈夫よ」
「ほんとーかなあ」

笑いながら恋人はホットケーキを皿に分け始めた。リビングの大きな窓からは明るい陽光が射し込んでいて、世界は光に満ちている。その中心に、彼女はいた。
ふわふわの栗毛とぴんくの頬、異人じみた容姿を薄布で包んで、光のなか、彼女は猫のようにおっとりと微睡む。

「ねえ」
「なあに、ひな」
「あいしてる」

出逢って、セックスして、愛し合って、喧嘩して、別れて、でも、やっぱり好きで。
何度愛を囁き合っても足りなくて、信じきれなくて、不安で、八つ当たりして、寂しくて、会いたくて、胸が痛かった。一緒にいても痛くて、離れていたら一層痛くて、それがいっそ爽快でもあったけれど。
この二年で邂逅と別離を繰り返して、恋の苦しみを知った二人は、それでも一緒にいる道を選んだのだ。

「あたしもだよ、ひなちゃん」

そう言って、美耶は陽だまりの中でおっとりと微笑んだ。
それはまるで、いつかの雨の夜のように。