春をひさぐ女(1)|出会い

haruwohisagu1昼さがりの「カフェ・みるきー」は、
おしゃべりを楽しむ客たちで賑わっていた。

里香子は、カウンター席に座り、
運ばれてきた珈琲を一口飲んだ。

「あれからもう8年。
この店のちょうどこの席だったわね」

ひとりごちながら、記憶を手繰るように遠くを見つめる。

 

8年前、里香子は24歳、
社会人2年生だった。

土曜の昼さがり、
「カフェ・みるきー」のドアを開けると、
通りに面したカウンター席に座り、
抱えてきたアルバイト雑誌のページを
次々とめくり始めた。

「やばいわ。本当にどうしよう」

運ばれてきた珈琲に
手を付ける余裕もなく、
頭を抱え込む。

格安ツアーで
パリへ買い物旅行に出かけたはいいが、
そこで目に留まったエルメスの新作バッグが
喉から手が出るほど欲しくなった。

逡巡したあげく、
カードで支払いを済ませてしまった。

今思えば、身の程知らずな買い物であるが、
職場の女子たちの羨望の的になるのは
なかなか気持ちが良いものだった。

しかし、現実は甘くない。
カードの引き落としが20日後に迫っている。

だが、どこをどう工面してもあと30万円足りない。

里香子の1ヶ月分の給料をはるかに超える金額だ。

そこで、
給料の日払いをしてくれる水商売で、
20日間びっちりバイトをしようと決めた。

実に無謀な考えではあるが、
それは、世間知らずのリカが思いついた
「名案」だった。

ぺらぺらとアルバイト冊子をめくっていると、男の声がした。

「隣に座っていいですか」

「どうぞ」

答えながら顔を上げると、
コム・デ・ギャルソンのスーツに
細いタイをゆるく締めた、
長身の男が立っていた。

唇の端だけで里香子に微笑する。

「イケメン俳優のAに似てる!」

里香子はドキドキしながら見つめた。

「君、バイト探してるの?」

「え、どうして?」

「だって、君が目を血走らせて
バイト雑誌を読んでいるのが
そこの通りから丸見えなんだもん。」

男は笑いながらそう言った。

「こんな場所でそんなもん見てたら、
怖い人にヘンな所へ
連れて行かれちゃうよ」

言われてみればそうだ。

里香子は恥ずかしくて、思わず頬を赤らめた。

バイトなら僕が紹介してあげようか」

「どんなバイト?」

「水商売よりもずっと稼げる所」

「ソープランドは嫌よ」

「もちろん、
君を泡に沈めたりはしないさ。さあ、行こう」

里香子は少しだけ躊躇して、
結局、男の後に続いた。

まだ昼間だし、
ヘンな所に連れて行かれそうになったら
すぐに逃げればいい。

何よりも男の優しげな物腰が里香子を安心させた。

「僕は純。君は?」

「私は里香子。リカって呼んで」

「じゃあ、
僕のこともジュンって呼んでよ」

通りで拾ったタクシーの中で、
お互いの自己紹介をする。

ジュンの巧な話術に引き寄せられ、
リカはすっかり打ち解けていた。

やがて1件の店の前で車が止まった。

『ゴージャスリップ』
と書かれた赤い看板が光っている。

「ここだよ」

「何するところ?」

「イメクラ。
コスチューム着て
男のアソコをしゃぶってやるのさ。

本番もないし、
衣装代もかからない。

キャバクラよりずっと楽勝だぜ」

ジュンは店の中に入り、
すぐそばの部屋に向かって声をかけた。

「ママ」

中からひっつめ髪の痩せた女が出てきた。

「この子リカちゃんっていうんだ。
小柄で童顔だし巨乳だから、
絶対にロリコンおやじや
おっぱい星人に受けるよ」

「そうね。可愛い顔してるわね。
わかった、この子うちで面倒見るわ。

あんたのギャラはいつも通りでいいわね。」

「OK。よろちくびー」

ジュンはおどけてそう言うと、
リカに向かって
「じゃあ頑張って稼いでね」
と笑ってみせた。

こうして、あれよあれよと言う間に
リカはイメクラで働くことになってしまった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。