甲府盆地の暑い夏(7)|四苦八苦

kofu7うーんうーん、
ほうとうは一回書いただし、
あの店はパッとしなかっただし」

坂井美智は騒ぎながら、
「やまなしfood紀行」を書くために机に向かっていた。

 

確かにパソコンではなく、
原稿用紙に鉛筆で書こうとしている。

当然ではあるが、彼女の言葉には甲州弁が混じる。

出されたアイスコーヒーを飲みながら
手持ちぶさただった阿川は、
坂井美智を何気なく観察した。

資料を調べているのか、
本棚と机を行ったり来たりしている。

染めているのか若干茶色がかった髪は
鎖骨あたりまであり、途中からウェーブがかかっている。

顔にはやたらフレームの大きい眼鏡をかけている。

体は全体的に細い。
がモデル体型というわけではなく、
ところどこ骨ばっていて、
スマートを通り越してガリガリという印象。

背は165cm以上はあるか。
小学校のクラスに1人はいたような、
「ポッキー」とあだ名が付くような体型である。

ED発症以来、
女性をあまり性的興味をもって
見なくなっている阿川ではあったが、
そういう阿川から見てもあまり女性として
魅力的な容姿をしているとは言えなかった。

30分経過した。

阿川が支局に電話すると、
3時までは待っていいと言われた。

その時間を過ぎると、
差し替え原稿で紙面を埋めるそうだ。

あと2時間。
それを坂井美智に告げると、

「ああーっどうするら。
ごめんなさいごめんなさい」

と言って歩き回ったり、頭を抱えたりした。

ほんの800字の原稿ではあるが、
書けない時は書けないものだ。

阿川も平静ではいづらくなってきた。

今は「無気力社員」となっている阿川だが、
休みの社員の代わりで原稿をとりに行きました、
書いてもらえませんでした、
というような子供の使いのようなことはしたくない。

編集長時代の阿川だったら
部下に「どけ!」と言って椅子からどかし、
自分で15分で書いて仕事を終わらせるところだ。

しかし今はそんな気になれないし、
だいたい読者コラムを記者が書くというような詐称はしたくない。

阿川がどうしようかと考えていると、
坂井美智が阿川の方にどすどすと足を鳴らして近付いた。

「あの……記者の方でしょうか?」

「あ、ええ。そうですよ」

「記者さんって、
記事のアイディアが出なくなった時は
どうするんでしょうか。
何か秘訣はありますか」

阿川は血相を変えた坂井美智を見上げた。

「そうですね……
記者っていうのは基本的に
アイディアは出さないんです。
事実を伝えるのが仕事ですからね。
ネタが無い時は、まず歩いて取材します」

「は……なるほど。
でも私が今から取材するのは無理ですし」

「そうですね。
坂井さんが書かれてるのは、
料理についてのコラムですね。

対象についての細かい情報は、
今はネットで誰でも調べられることです。

それから新聞社などのメディアには
情報力ではかないません。
ですから、ご自身の感覚を
自分の言葉にするのがいいと思います」

「そうか……そうでうね!
ありがとうございます!」

坂井美智はダッシュして机に戻った。

多少適当なアドバイスではあったが、
的外れでもないつもりだった。

実際読者コラムに、他の読者は
高度な文章や情報を求めていない。

坂井美智が原稿を書く音が、
カリカリと部屋に響き始めた。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ