甲府盆地の暑い夏(5)|甲府支局

kofu5朝9時。
阿川は中央新聞甲府支局に着き、
編集部への階段を上がる。

この支局には40人ほどが勤めており、
そのうち15人が記者だ。

阿川が部屋に入ると何人かが
「ざっす」と無表情でおざなりな挨拶をしたり、
いったん目を合わせてからあわてて目をそらしたりする。

いつものことなので、阿川は気にしない。

他の記者はすでに来て取材に行ったり、
パソコンに向かって原稿を打ったりしている。

新聞社は朝の方が忙しい。
阿川が席に着くと、すぐに支局長に呼ばれた。

「今日、田嶋の爺さんが腰を悪くして休みだ。
すまんが代わりに2件用事を頼むわ」

支局長は机に置いている何かを読みながら、
その顔を上げもせずに言った。

田嶋は元社員で、
今は嘱託で働いている年配の男性である。

「は。用事……ですか」

「うむ。1件は梨大教授に資料を届け。
もう1件は原稿をもらってくる」

宅配便扱いか。
もはや記者の仕事ですらない……
と、一瞬阿川のこめかみの血管がピクリとした。

それを見たのかどうか、
支局長は顔を上げ、
ゆっくりと椅子から立ち上がった。

カツ、カツと靴を慣らして近づく。

背の低い支局長が、阿川の顔を見上げる。

「阿川ァ……勘違いすんな。
どこも引き取る支局が無かったのを、
本社の人事部長に頼み込まれたんで
ここに置いてやっている。
ここを出ても、お前に行く所は無いぞ」

阿川は支局の建物を出る時、
玄関の外にある等身大の風船を思い切り殴った。

中央新聞のマスコット「中ちゃん」である。

風船には穴が開き、シューと音がしてしぼみ始めた。
阿川はそれを放置して、駐車場に向かった。

甲府市内の山梨大学の教授に
資料を届けた後、阿川は社用車を北へ向けた。

2件目の用事である原稿を取りに行く先は、
作家ではない。

山梨県の地方版で数年前から週1回連載している、
読者コラムの筆者である。

今は数ヶ月前から、ある女性の読者に
「やまなしfood紀行」というタイトルの文章を書いてもらっている。

山梨の郷土料理や、
筆者が美味しいと思った店を紹介するという内容だった。

阿川はそれを真面目に読んだ事がなかったが、
知識としては一応知っていた。

梅雨のあいまの快晴。
エアコンを効かせても、窓から差す日光が
じりじりと阿川の腕を焼く。

甲府盆地は日本でも、最も日照時間の長い地域だ。

それがブドウや桃などの栽培に適しているから、
名産地となっている。

--それにしても今時パソコンもFAXもないとは、どんな婆さんだよ--

阿川は毒づきながら、車を北へ走らせた。

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