甲府盆地の暑い夏(4)|分岐点

kofu4阿川が40歳になった時、転機が訪れた。

それまで「自分は現場の人間」と自覚し、
相応の歳になっても管理職にはならなかった。
会社もそれを認めたため、無理強いはしなかった。

(ただし阿川は決して欲のない人間ではなく、
立場上はヒラでも同期の倍近い年収をもらっていた)

それが、管理職でも成功するところを
見せたいという欲が出た。
新雑誌の編集長になったのである。

編集長職は、阿川にとって予想以上に困難だった。
苦行だった。

自分が書くのならいくらでもできるが、
編集長は部下に記事を書かせなければならない。

これまで社内のコミュニケーションなど
歯牙にもかけていなかった阿川に、それができるはずもない。

さらにまずかったのは、
阿川は原稿執筆の天才だけに
部下にも同レベルの文章を求めた事だった。

部下は悲鳴を上げ、
何人かが移動願いを出し、何人かが休職した。

雑誌の部数はまったく伸びなくなった。
さすがの阿川も、それらの事は強烈なプレッシャーになった。

そして起こったのが、
香織との逢瀬の時に発覚したEDである。

これは阿川にとっては、仕事での失敗以上に衝撃だった。

街を歩いていても、テレビを何気なく見ていても、
いい女が出れば胸や尻のふくらみを確認し、
秘かに股間に血が集まる。

これは阿川が並外れて好色というわけではなく、
男として普通のことだった。

それが無くなった。

女を見れば漠然とその女との性行為を妄想する
これも男として特別変わった事ではない。

それが「無い」と分かった時から、
女への興味も急降下した。

下品な言い方をすれば、ヤれない女なら見ても仕方がなかった。

そうなって阿川は初めて知った。
性欲がいかに生きる原動力になっているかを。

阿川は無気力に陥った。

ただでさえ困難に直面していた編集長職が、
気力が無くなってできるはずがない。

阿川は編集長失格の烙印を押された。

阿川が窮地に陥った時、
社内に味方は誰もいなかった。

むしろそれまでの阿川のやり方に
恨みを持っている敵ばかりがいた。

そして阿川は4月、
中央新聞甲府支局に異動になった。

日本中のあらゆる所で事件の起こる現代では、
地方支局でも別に暇というわけではない。

それにしても、東京本社から甲府への異動は
間違いなく左遷であった。

プライドの高い阿川からすれば、
辞表を叩きつけてもいいはずだった。

しかし阿川は、新たな勤め先を探す気力さえ失っていた。

甲府支局で阿川は、支局長にあからさまに嫌われた。
支局の連中も多かれ少なかれ、阿川の噂は知っている。

新聞社の地方支局では
本社のように部局に分かれていない代わりに、
各記者が行政担当、警察担当というふうに担当を持つ。

阿川はその担当も持たされなかった。

よく言えば遊軍
要するになんでも屋として、
他の記者が忙しくてできないような時に
時々仕事を割り振られるだけだった。

自転車は市内中心部に近づいていた。
甲府支局の4階建てのビルが遠くに見えた。

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