甲府盆地の暑い夏(3)|甲府盆地

kofu3あの悪夢の出来事があった時、
つまり半年前には阿川は東京にいた。

今は山梨に住んでいる。

一日の最悪の始まり方だ……
と思いながら、阿川は顔を洗う。

 

朝食はいつも食べない。

スーツの中で
あまりシワのかかってないものを選び、着る。

甲府市内に借りている小さな一軒家を出て、
自転車に乗って勤め先に向かう。

6月下旬のある日。
太平洋高気圧が張り出しているせいで、
梅雨の真っただ中では珍しい快晴である。

時々通り過ぎるぶどう畑には、まだ実は成っていない。

7月に入れば、デラウェアが実をつけ始める。

それからは11月上旬までブドウの種類によって
時期をずらしながら、ずっとどこかの畑で
ブドウが鮮やかな実を揺らす。

阿川の借家は甲府の中心部から西へ2kmほどの所にある。

このあたりは市街地・住宅地と果樹園地域の境い目である。

もう少し西に行くと
畑の方が建物よりはるかに多くなり、
さらに西にあるワインで有名な勝沼まで行くと
見渡す限りブドウ畑という光景になる。

山梨は、県全体が盆地である。
今日のような晴れた日は、四方に山々が見渡せる。

東は大菩薩連嶺
北方は奥秩父山塊と呼ばれる、一都四県に渡る大山塊。
その山塊の区切りとなるように八ヶ岳がそびえる。

西は南アルプスの高峰群が、天高く連なる。
そして南は言わずと知れた、富士山である。

阿川は富士山に見守られながら、勤め先へと向かう……
と言いたいところだが、
富士との間には御坂山地がある。

だから富士の雄大な裾野はまったく見えず、
晴れた日でも雪をかぶった頂上付近が見えるだけだった。

阿川は自転車を走らせながら、
ぼんやりと今までのことを思い出していた。

阿川寛二。42歳。
全国紙のひとつ、中央新聞の記者である。

極めて有能な記者だった。
スクープをつかむ勘は、天才的とさえ言えた。

20代から特ダネを挙げ続けた。
政治部、社会部などの花形部署を渡り歩き、
どこでも敏腕を振るった。

30代半ばに同社が出版する週刊誌に移ったが、
これは左遷ではなかった。

低迷するその雑誌の起死回生の切り札として、
送り込まれたのだった。
阿川はここで見事にその役割を果たし、部数は急上昇した。

同時に、阿川の悪評も積み重なっていった。
特ダネを獲得するためなら
同僚でも取材対象の人間でもだまし、
おどしすかし、出し抜いた。

さらには女癖が悪かった。
社内の女子社員や取材で知り合った何人もの女性に
手をつけ、捨てた。

同僚のにさえ手を出した。
「悪夢」の現場にいた香織も、実は同僚記者の妻だった。

それらの事は、阿川の記事が売れるという
唯一の、しかし会社にとって極めて大きな価値のため、黙認された。

ブドウ畑はまったくなくなり、
ビルが少しずつ大きくなり始めた。
甲府市街地である。

梅雨の合間の日差しが、じりじりと阿川の首筋を焼いた。

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