甲府盆地の暑い夏(29)収まるべき場所

「こんな夜更けに、すいませんでした」

阿川が言うと、美智は無言で首を振った。

部屋に入ったが、椅子に座ろうとしない。
あごの前で両手を合わせて、
祈るような目で阿川を見つめている。

「本当に……大丈夫なんですか?」

まだ阿川のことを心配している。

一刻も早く、なぜ阿川が来たのか
という説明を聞きたがっているようだった。

仕方なく阿川も、立ったままでいた。

阿川は深呼吸をした。
話すには、少々思い切りが必要な事だった。

「さっき『俺の身に危険はない』と言いましたよね。
確かに危険はないんですが、
俺の体に関することで一つ隠していたことがあるんです」

阿川はEDのこと、それを治療中であること、
それから器具を使って対処が可能になったことなどを、
下品な言い方にならないよう苦労しながら話した。

美智はかたずを飲み、
時々うなずきながら聞いていた。

話し終わると、阿川は最後に言った。

「これからあなたを抱きます。いいですね」

美智は目を見開いた。
言葉が出ない。
何と言っていいか分からないのだろう。

阿川は、美智の返事を聞くのは卑怯だと思った。

何も言わずに近づくと、美智を抱きしめた。

十数分後、二人は裸で、
ベッドの上にいた。

阿川は美智の顔を、間近から見つめていた。

「俺はあなたに……」

「えっ?」

「救われたと思っています」

「そうなんですか?」

「……好きです」

「…………」

美智は答える代わりに、
その顔を阿川の胸に押しつけた。

「抱きしめて下さい。阿川さん、強く」

「こうですか」

「ううん、もっと強く」

「こう?」

「もっと強く」

「壊れちゃいますよ。美智さん」

「ううん大丈夫」

「さすが骨太」

「やだ。こんな時までからかって」

「いいんですよ。
そういうところも好きだから」

「……私も好き。大好き」

さらにそのしばらく後、
器具によって膨脹した阿川の物は
美智の中に入っていた。

やはりこれが収まるべき場所はここだったのだ、
と阿川は心から思った。

「愛はセックスにとって最高の潤滑油だ」

という格言めいた事を、
ある音楽プロデューサーが言ったことがある。

肉茎を媒介として、阿川の全身に
快感と幸福の分子が駆け巡っていく。

あの言葉は真実だった、
と阿川は実感していた。

翌朝の早朝。

未明からかかっていた霧は消えかかっていたが、
まだ少し残っていた。

美智の家から出て来た阿川は
「それじゃ」と言いながら振り返った。

「…………!!」

霧の淡い白色の下に、
赤や黄色に塗られた水彩画があった。

美智の家を抱くようにして立っている
南アルプス・駒ヶ岳は、紅葉の最盛期を迎えつつあった。

昨日来た時は真夜中だったから、
まったく気がつかなかった。

「フフ……きれいでしょう」

美智はそれが自分の物でもあるかのように、
得意げな顔をして近づいてきた。

「こんどは紅葉のきれいな場所にご案内しますね」

「ありがとう……でもあなたと一緒なら、
どこへ行っても楽しいんですけどね」

美智は阿川のその言葉に顔を赤くした。

それから阿川の胸にもたれかかり、
顔をすりつけた。

風が吹き、霧が流れた。

水彩画だった紅葉は、
油絵のように鮮やかに二人の背後を彩った。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ