甲府盆地の暑い夏(22)ぎこちない二人

騒がしい人が一人いなくなった。
とりあえず阿川にとっては、それだけの事だった。

淡々とした日常は続いた。
昼間は新聞社で閑職をこなして過ごし、
私生活ではED状態改善への努力を続けた。

花火大会の日から1週間がたった。
阿川の周囲に美智がいた痕跡としては、山登りがあった。

山梨の素晴らしい山河を楽しむことと健康づくり、
この両方ができる山登りを阿川は気に入っていた。
だから続けようと思った。

こんどは自分で調べ、行き先を決めた。
行き先には駐車場がないので電車に乗る。
リュックを背負い、駅のホームに立った。

電車が入ってきた。
電車が去った。

阿川はホームに残っていた。
脚が動かなかった。
行く気が無くなった。

2本目の電車が来た。
また阿川は、電車に乗れなかった。

--自分はどうやら山に登りたかったのではなく、
美智と一緒に過ごしたかったのかもしれない--

阿川は苦悩に似た感情をかかえながら、家に帰った。

その時に感じた空虚感は、
日に日に大きくなっていくようだった。

それが美智への愛情のために生じたものなのか、
阿川は自分でも分からなかった。

空虚感に苦しみがともない始めた時、
阿川は電話を手にとった。

手にとっては置き、
また手にとったりした後で、番号を押した。

「阿川です」

「……こんばんわ」

「……僕があなたに好意を持っているのかどうか、自分でもよく分かりません」

「…………」

「でも、あなたと一緒にいると楽しいです。
会えなくなって寂しいです。それだけじゃ、ダメでしょうか」

「…………」

しばらくの時間の後、受話器の向こうで美智がクスクス笑った。

「ハイ。大丈夫です」

ずうずうしくて、ぎこちない「友達づきあい」の申し出だった。
しかし阿川の誠意らしきものは伝わったらしい。

阿川と美智の1~2週間に一度の「お出かけ」はまた始まった。

二人の行く先は、今までと同じように山河が多かった。
阿川が自分の高脂血症のことを話し、
できれば運動になる方がいいと言ったのだった。

間柄が一度消滅しかけたものを再び会うようになっただけに、
二人の間柄は自然と縮まった。

まだ恋人同士とは言えなかったが、
その距離は会うたびに小さくなっていくようだった。

ある山に登った時。
後ろを歩いていた美智がつまづいて、
阿川の背中におぶさるようになった。

「キャーッ」

「大丈夫ですか。気を付けて下さいよ。
山ではあなただけが頼りですからね」

「……もう少しこのままでいていいですか」

「イヤですよ。重いです」

「ひどいですね。私のこと嫌いですか」

「嫌いだったら一緒に出かけません」

「……じゃあ、好きですか?」

「先に行きますよ」

こういう、痴話げんかのような
やりとりをすることも増えてきていた。

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