甲府盆地の暑い夏(21)花火の下

8月もなかばにさしかかり、暑さはピークに達していた。

二人は美智の提案で甲府の花火大会に行くことにした。

今までの野山散策は阿川としては
「健康づくり」という感覚が強かったから、
花火大会は初めてのデートっぽいイベントだった。

しかし阿川の方としては花火大会に行くのも、
デートであるという気持ちは薄かった。

阿川と美智がどういう関係なのか、
阿川はあまり深く考えてはいなかったが、
少なくとも恋人同士であるとは思っていなかった。

美智と共にいると楽しかったが、
女性として好意を持っているというのとは違う。
要するに「友達」だろう。

甲府の東にある石和温泉でおこなわれる花火大会だった。
笛吹川の河川敷や川岸が、大勢の人であふれる。

阿川と美智がその中で空を見守っていると、
花火が上がり始めた。

夜空に光の輪が広がると一瞬後にドオンという炸裂音。
大きな花火だと、地面がビリッと振動するぐらいの衝撃波が訪れる。
阿川と美智がいる場所は打ち上げ場所にかなり近かったので、
花火の美しさとともにその迫力までも味わうことができた。

「きれいですねー」

美智は花火に見入っていた。

阿川が、目を輝かせて花火を見ている美智に
次の言葉を言った時、悪気は無かった。

「来年は、彼氏と来れるといいですね」

「えっ?」

美智はあれほど見入っていた花火を忘れたかのように、
阿川を見つめた。

今何を聞いたんだろう、という風にキョトンとした。
阿川はそれを、花火の音ために
阿川の声がよく聞こえなかったのだと解釈した。
だから、こんどは大きな声で言った。

「いえですから、
来年は、彼氏と来れるといいですね」

美智は見開いた目でしばらく阿川を見つめてから、
徐々にその目を落とし、横を向いていた顔を
正面に向けてうつむいた。

またしばらくしてから、
顔を少し上げて黙って花火を見続けた。
それまでと違い、一言も発しなかった。

駅に向かう帰り道でも、美智は無言だった。
阿川の少し後ろを、とぼとぼと着いて来た。

駅に着いた。
「じゃ……」と言いかけた阿川を遮るように美智が言った。

「ありがとうございました!
本当にほんっとに楽しかったです!」

それまでの無表情ではなく、
阿川が今まで見てきた以上の満面の笑顔で美智は言った。

阿川の手を両手で握り、
握手をするようにぶんぶんと振ってから小走りで立ち去った。
途中で一回振り返り、
手を振ってから駅の方に去って行った。

美智からの連絡は、なくなった。

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