甲府盆地の暑い夏(15) 映画

kofu15「私とですか!?」

美智は自分を指さしながら言った。

「ええまあ……」

「なんで!?」

 

 

何でと言われても、美智が異様に寂しそうで、阿川と会えなくなるのがそれほど悲しいのかと思ったからだが、さすがにそれを言うのははばかられた。

勘違いだったらこっ恥ずかしい。

「えーとあの……自分もあの映画をたまたま見たかったもので」

「ありがとうございます!!」

阿川はハリーポッターの事を何も知らず、ジブリ映画と思っていたぐらいなのだが、適当なことを口にした。

「あのーつかぬことをうかがいますが……阿川さんて独身ですか?」

「あ、はい、そうですよ」

「そうですかー」

美智の嬉しそうな顔を見て、やはりまずかったかと思った。
阿川は美智と交際する気がないので、遅かれ早かれ振ることになる。

まあそれは今でなくてもいいだろう、映画を見に行った後は連絡をとらなければいいだけだな、と思った。

こういう顛末があり、阿川と美智は一緒に映画を見に行くことになった。

 

後日、二人は甲府の繁華街で待ち合わせた。
「繁華街」と言っても、実際にはにぎやかではない。

甲府の中心部は商業地としては、もう長い間衰退が続いている。

甲府から新宿まで、JR中央線で1時間半。
高速バスを使っても同じぐらいの時間で行ける。

東京までの交通の便がいいことが、甲府から客足を奪った。

近年日常の買い物をする場としての大型スーパーは郊外に発展しているが、中心部は寂れたままである。

阿川と美智が歩いている商店街は、ところどころシャッターが下りたままになっている。

「ふーん、こんな風になったんだー」

美智もめったに来ないらしく、そのことに驚いている。

美智は待ち合わせで会った時からいつも以上ににこにこし、傍目から見てもはしゃぎっぱなしであった。

阿川は小学生を連れて歩く引率者のようで、少々ウザく思いはしたものの、やはり美智のおしゃべりが作り出す空気感が嫌いではないのだった。

映画を見終わった。

「すごかったですねーホグワーツがこっぱみじんですよ。それとまさか『名前を言ってはいけないあの人』があの人だったなんて、想像もしませんでした」

阿川は今さら今までのハリーポッターを見てないとは言えないので、冷や汗をかきながら適当に相づちを打った。

バス停が近づいてきた。
ここで、坂井美智とは永遠の別れとなる予定である。

 

 

「あのー阿川さん」

「はい」

「今回のお礼と言ってはなんですけど、どこか行きたい所はないですか? 私でご案内できる場所でしたらご案内しますが」

「はい……?」

横目で美智を見ると、何の邪気もない顔でいる。

この人は自分が行きたいだけじゃないかと思った。
しかし眼鏡の奥の人のよさそうな目を見ると、どうも断りづらい。

 

 

「うーん……自然を満喫できる所……ですかね」

という言葉が、雰囲気に飲まれるように口から出てしまった。

「自然ですね!山や川ということですよね!おまかせ下さい」

バスが来た。
美智はバスの最後尾の窓から、手を振りながら去って行った。

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