甲府盆地の暑い夏(11)|二回目の訪問

雨に煙る清里高原が、右手にうっすら見える。
白と緑があいまいに霞むそれは、
晴れた日とはまた違う幻想的な光景だった。

阿川が読者コラムニスト坂井美智のうちを訪ねると、
バタバタと小走りをする音が聞こえた後でドアが開いた。

今回は前もって電話で、
田嶋ではなく阿川が行くと伝えてある。

「いらっしゃいませ!お待ちしてました!」

阿川がギョッとするぐらい満面の笑みだった。

何がそんなに嬉しいんだろうこの人は……
と思いつつ、とりあえず原稿を受け取る。

今日は無事、〆切時間前に書き上げたようだ。

「ありがとうございます。先週は大変でしたね」

阿川が言った。

「はい!そうなんです。
先週記者さんに教えていただいた事で
考えを改めまして、いままでは
読む人をびっくりさせてやろう、とか、
余計な事ばっかり考えていたんですが」

阿川がひとこと言うたびに
美智が延々と返すので、阿川は参った。

「あ!ごめんなさいこんな所で立ち話して。
どうぞお入り下さい
雨の中本当にありがとうございます」

「いえ、大丈夫です今日はこれで」

「本当に遠慮なさらないで下さい
コラムにも書いたクッキーがあるんですが
自分で言うのもなんですが
すごく美味しくできまして」

また話が長くなりそうなので、
阿川は中に入れてもらうことにした。

テーブルについてからもこういう感じで、
阿川が相づちを打ったりポツポツと返事をするだけで、
美智がにこにこしてしゃべり続けた。

出されたクッキーは、確かに旨かった。

この家に着いてから30分ほどがたった。
さすがに、あまりにも暇だと思われるのもしゃくにさわる。

阿川はこんどこそ強引に、
美智を振り払うようにして辞去した。

前回と同じように、
車に乗ろうとする阿川に美智が玄関から手を振っていた。

帰りながら阿川は、なぜあの人は
自分に対してあれほど愛想がいいのだろうと考えた。

阿川が行くとずっとにこにこし、
うきうきし、少しほおを赤くしている。

もしかして自分に一目惚れでもしたのか……
と思った。

阿川は180cmの長身で、彫りの深い顔をしている。

キャバクラなどで女に「ハーフ?」と聞かれて
「父親がオランダ人」と答えると、
笑い声の代わりに「へえー、やっぱり」という返事が返ってきたものだった。

実際は先祖代々の日本人である。

坂井美智の行為の正体が何なのか
真相は分からないが、阿川にはどうでもよかった。

あと2回、原稿をとりに行くだけの間柄である。

それと面食いの阿川にとって、
正直なところ美智の外見は好みのタイプではなかった。

何よりその前に、ED状態のために
女性と付き合うことの意味を感じていなかった。

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