甲府盆地の暑い夏(10)|田嶋さんの休職

kofu10翌日からは、梅雨らしい雨の日が続いた。
甲府盆地を囲む高峰群はまったく見えないが、ブドウ畑は水滴で葉を洗われ、その黄緑色をいっそう輝かせた。

雨の続くある日、編集部では一つ問題が発生した。
腰痛で休んでいた嘱託社員の田嶋が椎間板ヘルニアと判明し、当分休むことになったのである。
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甲府盆地の暑い夏(9)|引き分け

kofu9阿川は本棚から本を出し、カーペットの上に寝転がる。だいぶ前の、好きだった女性アイドルがヘアヌードになった時の写真集だ。

開くとあの頃と変わらない愛くるしい顔が微笑み、
しかしそのポーズはよつんばいで尻と胯間をカメラに向け、大事なところのほんのわずかなボカシ以外は何もかもさらけ出している。

阿川が若い時には、
開くか開かないかのうちに
ペニスを痛いほど膨張させてきた写真集。

だからこそ、買って数十年たった今でも持っている。
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甲府盆地の暑い夏(8)|夜の勝負

kofu8「お待たせしました!!」

坂井美智が満面の笑みで、
書き上げた原稿用紙を阿川に差し出した。

阿川は受け取って
誤字と文法だけチェックし、OKを出した。

 

阿川が車に乗ろうとドアに手をかけた時、
まだ坂井美智は家の玄関のところに立って
にこにこし、手を振っていた。

阿川はぎこちない笑みを返すと、
そそくさと車内に入って車を発進させた。
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甲府盆地の暑い夏(7)|四苦八苦

kofu7うーんうーん、
ほうとうは一回書いただし、
あの店はパッとしなかっただし」

坂井美智は騒ぎながら、
「やまなしfood紀行」を書くために机に向かっていた。

 

確かにパソコンではなく、
原稿用紙に鉛筆で書こうとしている。

当然ではあるが、彼女の言葉には甲州弁が混じる。
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甲府盆地の暑い夏(6)|読者コラムニストさん

kofu6車は県の北部、北杜市に入る。

取材で飛び回っている他の記者はどうか知らないが、
阿川は来たことがない土地だった。
カーナビだけが頼りである。

進行方向の正面に見える八ヶ岳が、かなり大きくなってきた。

周囲は果樹園ではなく田園ばかりが見え、
その青々とした稲を風になびかせている。
このあたりは県内でも最大の米の産地なのだ。
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甲府盆地の暑い夏(5)|甲府支局

kofu5朝9時。
阿川は中央新聞甲府支局に着き、
編集部への階段を上がる。

この支局には40人ほどが勤めており、
そのうち15人が記者だ。

阿川が部屋に入ると何人かが
「ざっす」と無表情でおざなりな挨拶をしたり、
いったん目を合わせてからあわてて目をそらしたりする。

いつものことなので、阿川は気にしない。

他の記者はすでに来て取材に行ったり、
パソコンに向かって原稿を打ったりしている。
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甲府盆地の暑い夏(4)|分岐点

kofu4阿川が40歳になった時、転機が訪れた。

それまで「自分は現場の人間」と自覚し、
相応の歳になっても管理職にはならなかった。
会社もそれを認めたため、無理強いはしなかった。

(ただし阿川は決して欲のない人間ではなく、
立場上はヒラでも同期の倍近い年収をもらっていた)

それが、管理職でも成功するところを
見せたいという欲が出た。
新雑誌の編集長になったのである。
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甲府盆地の暑い夏(3)|甲府盆地

kofu3あの悪夢の出来事があった時、
つまり半年前には阿川は東京にいた。

今は山梨に住んでいる。

一日の最悪の始まり方だ……
と思いながら、阿川は顔を洗う。

 

朝食はいつも食べない。

スーツの中で
あまりシワのかかってないものを選び、着る。
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甲府盆地の暑い夏(2)|悪夢

kofu2香織はだんだんと焦り始めた。
一向に阿川のものが、大きくなる気配がない。

香織のテクニックが稚拙というわけではない。

彼女はむしろ、
男のものを扱うことに自信を持っていた。

 

阿川が「もう無理だ」と言っているのに
香織がそれをいじり始め、阿川の意志に反して
それが固くなってまた抱き合うということが、
これまで何度もあったのだ。
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甲府盆地の暑い夏 (1)|ある夜の出来事

kofu1それは突然、やって来た。

「その時」までは、いつも通りだった。
少なくとも阿川はそう思っていた。

ホテルの部屋に入った阿川と香織は、
バッグを放り投げると飛びつくように抱き合い、
お互いの唇をむさぼり合った。両方が獣のように飢えていた。
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