27話 『枯れゆく花』

karenaihana27蜜と精液と汗で汚れたシーツを丸めて、
瑞樹は勇一の靴下といっしょに洗濯槽に入れた。

シャワーを浴び、
簡単に化粧をして服を着た。

赤い下着はつけなかった。

「俺も、ちょっと行ってもいい?」

セックスの後、
勇一はいつもより優しい夫になっていた。

別に妻のことを疑ってはいなかった。

ただ、どんなことを
誰と学んでいるのかを見たいという、
ただそれだけの様子だった。

二人で電車を乗り継ぎ、
最寄りの駅前でケーキを買った。

ケーキ屋の表で室生に電話をかけた。

「先生、夫が見学したいってついて来たんですけど、
いいでしょうか?」

電話の向こう、
一瞬、息を詰めるような間があったが、
すぐに「ああ、どうぞ」と短い言葉が返ってきた。

その日の生徒は元左翼の活動家だった老人、
スナックを経営している元演歌歌手
そして室生のファンの老婦人と瑞樹の四人。

それに夫の勇一だった。

瑞樹が買ってきたケーキをみんなで食べながら、
室生が作詞家時代の売り込みの話しをした。

「東京に大雪が降った日だった。
僕はあるレコード会社のディレクターに
詞を見てもらう約束をしていてね。
朝から張り切って出かけたわけだ。

そのレコード会社は坂道の上にあって、
その坂の途中に駐車場があった。

僕は少しでも遠くから雪の中を苦労して来た
というところを見せたくて、
わざと駐車場の中を歩きまわって、
靴を雪でぐっしょり濡らした。

ロビーに入って受付で面会を伝えてもらうと、
なんとディレクターは風邪で休んでた」

生徒といっしょに勇一も笑った。
その声には安堵の響きがあった。

「演歌の作詞家っていうから、
お爺さんだとは想像してたけど、
あんなにくたびれてるとは思わなかったよ」

帰りの電車の中、
並んで座った勇一は昼よりもっと饒舌だった。

もしかしたら…
いや、きっとそうだ。

妻の浮気相手として、
勇一は室生を疑っていたのかもしれない。

ところが目の前に現れたのは、
瑞樹の亡くなった祖父よりも老けた
痩せぎすの男だった。

くたびれたジャケットにシャツ。
ズボンには煙草の焼け焦げがついていた。

両切りのピースを吸いながら、
何度も小さく咳き込んでいた。

こんな老人と瑞樹が
関係しているわけはないと確信したようだった。

「中華でも食ってくか?」

「いいわね」

瑞樹は微笑んで頷き、車窓を眺めた。

ちょうど反対の線路を電車が通過していった。

もう大丈夫だ。
夫には秘密のままで隠し通せる。

あの電車に乗って、室生と二人、
ラブホテルに通っていることは勇一には知られない。

瑞樹はそっと、スカートの上から自分の下腹部に手を置いた。

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