13話 待ち合わせ

室生はパソコンも触ったことがない。
携帯は古くてメールもできない。

だから連絡は電話か、
留守電にメッセージを入れるしかなかった。

金曜日はまた雨になった。
天気予報では夜になって激しく降るそうだ。

傘をすぼめて喫茶店の外でスマホを取り出し、
室生に連絡を取った。

作詞教室に向かう電車の中なのだろうか、
低い老人の声で留守電のメッセージが流れた。

瑞樹は周囲の人に声が漏れないよう、
片手をスマホと口のそばに当てがい、
早口の小声でメッセージを残した。

「もしもし、瑞樹です。
二人で楽しむための玩具を買いました。
今日、持って行きます。

いつものカバンの中に入ってます。

ホテルはこの前のところがよかったので、
また駅の裏のSにしましょう。

私、夫に届け物があるので
教室には少し遅れますけど、
八時にはいつもの喫茶店で待っていますから」

電話を切り、喫茶店に入った。
窓際の席からは都庁がよく見える。

珈琲を注文して、
カバンの中から夫に頼まれた書類の封筒を出した。

「ごめん、助かるよ」

折りたたみの傘を手に、
背広の肩を雨で濡らした勇一がすぐに入ってきた。

瑞樹はハンカチで雨の滴を拭いてやった。

「これから教室?
遅刻させちゃったね」

「大丈夫よ。
どうせお爺さんの先生と年寄りばっかりだもの」

雨で湿ったハンカチをカバンに戻した。

そこには作詞ノート、スマホ、
化粧ポーチ、そして赤い小さな袋が入っている。

デジカメ用だが
今はもっと大切なものがおさまっている。

もちろん、勇一は知らない。

「今日も遅くなるの?」

「この書類の結果次第だな。
でも、十一時はまわると思うよ。
先に寝てていいから」

飲みかけの瑞樹の珈琲を飲み干し、
勇一は店の外で折りたたみの傘を開き、
妻に手を振って雑踏の中に消えていった。

瑞樹も笑顔で小さく手を振り、
もう一度、そばに置いたカバンの中の赤い袋を見つめた。

その日の生徒は、
遅れてきた瑞樹を入れて三人だった。

「歌謡曲だから、
厳格に韻を踏む必要はありませんが、
それでも日本語の流れの美しさを考えると、
例えば花の命の儚さと来ると、
次のフレーズは…」

作詞の原稿用紙を手にした室生が、
歩きながら生徒の間で話しているとき、
さりげなく瑞樹のカバンに目をやった。

瑞樹も微笑み、
同じようにカバンに目を移す。

たっぷり充電をしてきた。
今ここでスイッチを入れたとしても、
静音がしっかりしているので音に気づく人はいないだろう。

試してみたいような気持ちを抑え、
瑞樹は室生の話を聞き、
ノートをつけるふりをした。

窓の外、雨と風は強さを増していた。

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