5話 枯れた男

karenaihana5「僕は歩く成人病だよ」

金曜日ということもあって、
駅の裏手にあるラブホテルはどこも満室だった。

老人とはいえ、
誘われた室生も少しはその気になったのか、
それとも誘った瑞樹から「今日は帰りましょう」
とも言えない雰囲気になってしまったのか、
二人は電車に乗り、三つ隣りの大きな駅に移動した。

帰宅する通勤客で車内は混雑していた。

室生はドアに疲れた様子でもたれかかり、
なんども肩からずり下がってくるショルダーバッグを引き上げながら病気の話しをした。

「糖尿だろ、高血圧に神経痛、
歯槽膿漏に緑内障、毎朝飲む薬の量だけで
お腹がいっぱいになるくらいだ」

だからホテルに入っても何も役に立たない。
瑞樹の耳にはそんな言い訳をされているように聞こえた。

今日、夫の勇一は金融関係の会議で帰りが遅い、
もしかしたら都内で泊まってくるかもしれない。

雨の、夫が帰らないこんな夜は嫌いだ。

男性として機能しない老人とホテルに入ったとしても罪の意識は感じない。

もしも室生の言っていることが嘘だとしても
セックスはできない。一昨日から生理が始まっていた。

「今はこんな風になってるだなぁ」

ホテルの湿っぽいスリッパを履いて、
室生は珍しそうに部屋の中をあれこれ見てまわった。

カラオケ、大型テレビ、
ミニバーにスロットルマシーン、
アダルトグッズの自販機まである。

「ごめんなさい…私、生理なんですよ」

ベッドの端に座って
冷えたウーロン茶を飲んだとき、
初めて少し後悔した。

「そう…いいよいいよ」

反対の端に座った室生が微笑み、
カバンからピース缶を出しながら言った。

「そのほうが僕も助かる」

「先生、本当に駄目なんですか?」

「嘘じゃないよ。見ての通り、お爺ちゃんだもの」

室生がポケットに手を入れて首を傾げた。
居酒屋に百円ライターを忘れたらしい。

瑞樹は立って、テーブルに置かれたホテルのライターを手に取り、そばに座って火をつけてやった。

「…ごめん、煙たいかな?」

瑞樹の顔のあたりに流れた煙を、
室生が手で扇いで払ってくれた。

くたびれたシャツに、さっき居酒屋で食べた揚げ出し豆腐の汁がついていた。

「ごめんなさい。私、今夜は変なんです」

室生はくわえ煙草の細い目で瑞樹を見つめた。

「仕方ないさ。こんな雨の夜だもの」

室生は瑞樹を抱き寄せようとはしなかった。

ベッドから立ち上がり、
アダルトグッズの自販機の前でしゃがんだ。

「こういうもの、なんで必要なんだろうね」

「楽しむためですよ」

「だって、欲情できる肉体があれば何も必要ないだろ?」

瑞樹もそばに来てしゃがみこんだ。

淡いピンクのガラスの中に、
いくつもの玩具が並んでいる。
バイブ、ローター、ロープ…。

「こういうのがあれば、もっと楽しめますから」

「そういうものかねぇ」

「先生は、使ったことがないんですか?」

「ないよ」

「一度も?」

「ああ」

枯れた男から、煙草と腋臭の匂いがした。

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