3話 『そらす夫』

karenaihana3似た者夫婦とでもいうのだろうか。
勇一の両親は瑞樹の眼にはそう映った。

快活で外向的でいつも溌剌としている。
聡子の趣味はバレーボール、登山、コーラスと多彩だが、聡子の夫、舅の正治もまた、釣りに鉄道写真、ジョギングに剣道と、警察官を定年退職した後も忙しく暮らしている。

今日はその正治の六十五歳の誕生日だ。

買い物を終えて車で実家に向かった。

夫妻には三人の子供がいる。
長女の紀子は地元の銀行員に嫁いで双子の母親、長男の史郎は父親と同じ警察官で三人の子供の父親、勇一は末っ子だ。

子供たち、その連れ合い、五人の孫、友人たちも駆けつけ、その夜の誕生日はこれまで以上に盛況だった。

瑞樹はここでもよくできた勇一の妻を演じた。
お酒をついでまわり、甥や姪の世話をし、舅のために歌を唄い、流しで食器を洗い、ケーキの支度をして蝋燭に火をつけ、デジカメで写真を撮る。

「親父、喜んでたなぁ」

深夜近くに自宅のマンションに帰ったときは、上機嫌の夫のそんな呟きにさえ、瑞樹は答える気力も失せてしまっていた。

「姉貴となんの話しをしてたの?」

シャワーだけ浴びて、重い腰のまま、なんとかベッドの布団に滑りこんだ。

勇一は先に横になり、膝に置いたタブレットで音楽を聞いている。

「別に…」

話したってどうにもならない。

親子は似ている。
聡子の口調と、義姉の紀子の口調はそっくりだ。

(瑞樹さん、そろそろ赤ちゃんは?)

姑や小姑からも、妊娠を促される日々…。

「ほら、瑞樹が好きって言ってた歌、これだろ?」

さすがに妻が不機嫌なのを察したのだろうか、背中を向けて眠ろうとした瑞樹の首の下に腕を差し入れ、体を擦り寄せながら、勇一が手にしたタブレットの画面を見せてきた。

いつか瑞樹が話したことがある歌手の動画が流れていた。

「そう、これよ」

今日一日の不愉快だった気持ちを、一瞬だけ忘れることができた。

瑞樹が学生時代からのファンで、何度もコンサートに行ったことのある歌手の歌。

「この詞、大好き」

「瑞樹ってさぁ、作詞家になりたかったんだものな」

腕枕の手を、勇一が瑞樹の胸の中に差し入れてきた。

妊娠の経験のない、痩せ身にしては豊満な乳房を無造作につかみ、乳首を人差し指と親指でつままれた。

夫婦だから抵抗はしない。
夫の指に挟まれた乳首は少しづつ硬くしこっていった。

「そうだ、作詞教室にでも行ったら?」

瑞樹の口から吐息が漏れかけたところで、勇一はあっさりと乳首の愛撫をやめてしまった。

そして動画も勝手に消してしまい、検索画面に文字を入力し始めた。

(作詞教室)

また、夫がそらした。
出産や妻の性欲から。

今まで乳首をいじっていた人差し指が(Enter)のキーを押した。

画面いっぱいに作詞教室の検索結果が羅列された。

瑞樹はそれを虚ろに眺め、パジャマの下でしこった乳首が小さくなっていくのを感じていた。

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