1話 『作り笑い』

karenaihana-1車で15分ほど郊外に走った国道沿いに、その商業施設はある。
もとは繊維団地と呼ばれた工場や問屋が集まっていた場所だが、
3年前にシネコンやデパートがいくつも入った巨大なビルに生まれ変わった。

「あとは、何かしら」

姑の聡子は60歳を過ぎた今も足が丈夫で、
しかも気性がせっかちなものだから、
こういう場所に来るといつもより早く歩きまわって買い物をする。

息子の勇一とその嫁の瑞樹が、あとをくっついて追いかける格好だ。

「あとは、父さんの釣りのベルトだよ」

勇一はそんな母にゆっくり歩けとも言わず、
むしろ元気で買い物をする姿を上機嫌で見守りながらつきあっている。
だから瑞樹もそんな夫に調子を合わせるしかない。

瑞樹は可愛い息子のを演じている。

「あら、可愛い!」

エスカレーターに乗るはずが、また聡子が寄り道をする。

子供服売り場のショウウインドウの前で立ち止まり、
マネキンが着た少女の服を目を細めて眺める。

こうなると少し長くなる。

勇一と瑞樹は紳士服売り場へ上がるのを諦めて、
聡子につきあうことにする。

「何歳くらいかしら?」

(わかってるくせに…)
心の中で、つい瑞樹は聡子を責めてしまう。

「三歳くらいだろ」

夫はどう思っているのだろうか。
瑞樹は作り笑顔のまま、そっと勇一の顔を見る。

自分の母の前ではいつもこんな顔だ。
何も感じないのだ。

「お義母さん、重いでしょ?」

瑞樹が手を伸ばし、聡子の荷物を持ってやる。

「ねぇ、可愛いわねぇ。瑞樹さん、見て。この赤いウサギの服」

(ほら、まただ…)
手に持った荷物の紐が、
そんなに重たいものでもないのに指に食い込む気がした。

「俺はこっちの青い服がいいなぁ」

作り笑顔が強ばっていくのがわかる。
もう慣れたはずなのに。

(ユウ君、何言ってんの?わかんないの?)
心の中で瑞樹は夫を責める。

(お義母さんは、また私たちに催促してるんだってば。
早く子供を作りなさいって。
孫を抱きたいって。
自分は関係ないみたいな顔しないでよ。
まるで私が子作りを嫌がっているみたいじゃないの)

時間にすれば5分ほどだったが、瑞樹には長い時間に思えた。

ようやくショウウインドウから離れてエスカレーターに向かうとき、
聡子は立ち止まって振り返り、もう一度、子供服をじっと見つめた。

(…そうだ、そろそろ始まるんだった)

やけに食欲が強くなる。
頭は少し痛いし、腰のまわりにゴムのベルトを巻いたような重い感覚。
そして何より激しく抱いてほしいという欲求。

そう、生理が近いのだ。
いつ始まってもおかしくない。

始まれば出血が多くて、体調はさらに悪くなる。
それでも聡子から呼び出されると、
こうして笑顔を作って、勇一と3人で買い物に付き合わなくてはならない。

結婚して三年になる。
瑞樹はこの春に二十六歳になった人妻だ。

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