お客様N(17)|リスクマネージメント

okyakusaman17矢掛町の山々が、新緑の黄緑色に塗りつぶされた5月のある日。
深夜2時半。

龍王山では夜行性のツキノワグマやタヌキ達が、
獲物を求めて真っ暗闇の森の中を忍び歩いている時間。
成田のベッドルームで、スマホが突然警報音のような大きな音を発し始める。

寝ていた成田は一言も発さず体を起こし、スマホの音を止める。
ベッドを出て洗面所で冷たい水で顔を洗い、ガウンを着る。

そして寝室を出て、執務室に向かう。
執務室でパソコンが立ち上がるのを待っていると、
秘書の玲子がノックもせず駆け足で飛び込んできた。

「社長!」

「おう。分かっとる。岡山には誰かおるか?」

「木村さんだけは残業していたようです」

「全員岡山の事務所に行かせい。寝ている奴も叩き起こせ」

「はい」

スマホの警報音が示したのは、ニューヨーク証券市場の異変だった。
極めて急激な値動きをした時は、知らせるようになっている。

この日、アメリカの某IT企業が破産した。
それをきっかけに連鎖反応的に株価が暴落した。

各国通貨は、暴落・急騰のいずれかの大きな変動をし続けている。
経済・金融に関わる人間の多くが
--リーマン・ショックの再来か--
と危惧してもおかしくない状況になっていた。

しかし成田は、この男が投資で成功してきた大きな要因である
冷静さと勝負勘を発揮した。

パソコンが立ち上がると、自社保有の株と通貨をチェックした。

情報をざっと集めてから取引を開始する。
日本の取引所は開いていないが、外国のネット証券会社で売買できる。

岡山の事務所に、少しずつ社員が集まってくる。
成田は電話やメールで、指示を出していく。

最初はあわてていた社員達は、
成田の冷静さを知って徐々に落ち着きを取り戻していった。

明け方、ニューヨークの証券市場が閉まる。
寝る暇もほとんど無いまま、こんどは東京始めアジアの各証券市場が開いた。

世界の経済・金融はそれから一週間のあいだ混乱し、
成田も部下もその対応に忙殺された。

アメリカ政府が倒産した某社を支援して再建することが決まってから、
ようやく騒動は収束に向かった。

株価全体が下がったのだから成田の会社も損失は避けられなかったが、
しかし最小限で済んだ。

売るべき株と持ち続ける株についての、成田の見極めは的確だった。
早めに売った株はその後も暴落し、持ち続けた株は値を戻した。

「ふううううう」

一週間ぶりに激務から解放された成田は、ソファに身を深く沈めた。
目は寝不足で赤い。

心身ともに疲れたこういう時、
セックスをすることが何よりも自分への褒美となる。
それができない自分の下半身を、成田はあらためてうらめしく思った。

そして、中断していた性機能回復プロジェクトのことを考えた。

One Response to “お客様N(17)|リスクマネージメント”

  1. […] あるいは優れたところなど何一つない、 動画で見た通りの、ただのハゲちらかした中年男なのか。 […]

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