お客様N(2) | 観察する男

小さな体育館ぐらいの大きさがありそうなその邸宅は、ギリシャの古代建築を現代風にアレンジしたものらしい。
3階建てで真っ白なその姿は、背景の木々の緑に映えた。

アウディから出た娘は、あ然として声も出ないようだった。
男はそれを見てクスッと笑い、娘の背中を軽く押すようにして家の中に入っていった。

「ありゃ、どういう娘よ」

邸宅の3階の窓からその様子を見下ろしていた男が、後ろにいる女性に行った。

「は……倉敷の大学に通う女子大生と聞いております。地元の子です」

「ふん」
男は、煙草をじりっと灰皿に押しつけた。

アウディに乗っていた男と娘--女子大生は、3階の一室のドアを開ける。
「エレベーターのあるおうちって、初めて見たよ」と言いながらキャッキャと笑う、娘の声。
部屋に入って、また目を丸くする。
20畳ほどあるその部屋は豪華すぎて、居間なのか個人の部屋なのか分からないようだ。

「このおうちって……」

「うん、親父が会社を経営してるんだよ。裏ではかなり悪いことをやってるんじゃないかってにらんでる」

男は邪気のない顔でハハハと笑った。
この笑顔があるから、今日初めて会ったこの女子大生も、のこのこ家までついてきたのであろう。
いわゆるナンパである。

別室で、「親父」と言われた男--成田信光が二人の様子を見ていた。
成田が会社の社長で、かつこの豪邸の主であることは事実だが、若い男の父親ではない。
ただの、雇い人と雇われ人という関係である。

だが成田は若い男・添島に、嘘をつくことを許していた。
その方がナンパが成功しやすいからだった。

若い男女のいる部屋は成田のいる部屋の隣で、いくつかあるマジックミラーで中の様子が見える。
隠しカメラもあり、モニタに映像が映っている。

隣室では二人の距離が、徐々に縮まりつつあるようだった。
ソファに並んで座って壁の84型液晶テレビを見ていたが、時間とともに二人の間がせばまっている。

娘の方が意識しているのか、うつむきかげんで、男の方をちらちらと横目で見ている。
空色のワンピースを着て、黒い髪をしている娘はどちらかというと地味だが、可愛い顔立ちをしていた。

画面に映っていた映画が終わる。
それまで笑顔を絶やさなかった添島が黙り、二人の間にふと沈黙が流れる。

沈黙に耐えかねたのか、女子大生があわてたようにソファから立つ。

「じゃ、じゃああたしそろそろ」

「初めて知ったよ」
「え………?」

「一目惚れってあるんだな、って」
添島は立ち、女子大生を正面から見つめながら言った。

ドアに向かおうとしていた娘は、金縛りにあったように身動きできない。

添島がゆっくりと近づき、娘の手をとる。
胸の前で固く握っていた手を下ろさせる。
ふわりとその背中に手を回し、抱き寄せる。

それから娘の顔を上げさせて、じっと目を見つめた。

「嘘じゃない。知らない女の子に声をかけたことなんて、生まれて初めてだ」

ゆっくりと、唇を娘の唇に近づける。
今にも唇が触れようとした瞬間、娘は添島の手を振り払って駆けだした。

「いやっ!わたし今日、そんなつもりで……」

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